第98話 キブング
虹子は迷った。
この落とし穴は一つの光も差さない、真っ暗闇である。
この状態では虹子も相手に対処のしようがない。
だが、明かりをつければ自分の位置を相手に知らせることになる。
何も見えない中、手探りで小銃にマガジンを装着する。
一つ大きく息を吸い、吐く。
どちらにせよ、戦わなければならない。
それなら……!
虹子はコッキングレバーを引き、さっき一瞬見た怪物のあたりに銃口を向けた。
そして、『レ』つまり連射モードにする。
銃の反動に備えて、壁に足の裏をピタリとつけて踏ん張る。
ふー、ふー、と息を吐いてから、引き金を引いた。
乾いた音とともに弾丸が発射される。
それは光の尾を帯びながら飛んでいき、落とし穴の壁に突き刺さる。
突き刺さった後、弾丸は柔らかな光を発し始めた。
落とし穴の中に、明かりが灯った。
マガジンを装着しなおし、さらに構える。
虹子のいる地点から10メートル上方。
そいつの姿が見えた。
光に包まれたそいつは、さかさまになって壁にはりつき、顔を上げて虹子を見つめている。
体長3メートルくらいだろう。
全身を茶色の毛が覆っている。
少し狼にも似ている。
鋭い牙と眼光。
だが狼と大きく違うところは、そいつの背中にも大きな口が開いているのだった。
人間そっくりの歯、そしてやはり人間そっくりの長い舌。
虹子はブルッと身体を震わせた。
全身に鳥肌が立つのを感じた。
――こいつは、やばい奴だ。
そう本能で感じ取った。
虹子のそばで飛んでいたドローンのカメラもそいつの姿を捉える。
〈なんだこいつ〉
〈きもちわりい〉
〈ぎゃあああああ!〉
〈ニジー、逃げてえ!〉
〈見たことない〉
〈逃げろおおおおおおおおおお!〉
逃げろと言われても、虹子は壁に打ち込んだヒモにぶら下がっているのだ。
逃げ場なんてどこにもない。
現在の同時視聴者数は3万人。
その中にはモンスターに詳しい者も当然いる。
〈こいつ、キブングだ! ブラジルの伝説的なモンスターだぞ。危険レベル5とかだったと思う〉
危険レベル5。
レベル4ですら零那と羽衣以外の人類では太刀打ちできないのである。
虹子は死を覚悟したが、それでも零那の綺麗な顔を思い浮かべる。
「ここで私が死んだらお姉さまが自分を責めるよ……絶対に死ぬわけにはいかない!」
虹子の撃ち込んだ弾丸の光で、向こうからもこちらが見えているだろう。
戦闘は避けられなかった。
虹子は額に汗が滲むのを感じながら、小銃の銃口をキブングに向けた。
「絶対に……絶対に生き抜いてやる! お姉さまがきっと助けに来てくれるんだから!」
そして引き金を引いた。
★
配信画面をタブレットで眺めながら、朱雀院彩華は火のついた葉巻を口に咥えた。
「ふふふ、甘白虹子の実力じゃあ、キブングを倒すなんてとうていできないわあ……。でも、あの山伏に横やりを入れられたくないわ……。でもね、いい方法を考え付いたのよお……」
そしてタブレットとは別に置いてあったノートパソコンを開くと、その画面に向かって葉巻の煙を吐いた。
煙がノートパソコンを包む。
彩華はやさしげな笑みを浮かべながら詠唱を始めた。
「Laroyê。 Exu、Exu。 É、Mojubá」




