第97話 雨のような水滴
通常なら死を免れないほどの大やけどだった。
だが、零那と羽衣の祈祷によってトメの身体は確実に回復していっていた。
とは言っても瞬時に治癒とはいかない。
零那たちの祈祷は一時間以上続いていた。
それを眺めながら雪女――つららは、壺から梅干しをひとつ取り出すと口に放り込む。
「すっぱ!」
あまりのすっぱさに全身を震わせ、顔をしかめる。
「それ、おいしいの?」
誰かがつららに話しかけてきた。
ゴスロリに身を包んだ、編み込みツインテールの少女だった。
だがつららは彼女を見てすぐに気づいた。
――この人、幽霊だ――。
でも、ただの幽霊じゃない気もする。
なんというか、彼女には『実在感』があった。
よく見ると、首にペンダントをかけていて、その『実在感』はそこから来ているようにも思った。
少女はつららに話しかけてくる。
「えっと、私ね、ミヤっていうの」
「ミヤ?」
「そう。オーダイラミヤ。あの人たちにはヤミちゃんって呼ばれてるの」
ダンジョンは階層深く潜れば潜るほど空気中のマナが濃くなっていく。
そして、母親から零那を通じて渡されたペンダント。
その力で、ヤミはだんだんと記憶が戻ってきていた。
自分でもわからないレベルで、少しずつ。
今は自分の名前もうっすらと思い出しているようだった。
もちろん、つららはそんなことは知らない。
「ふーん、ヤミちゃんね」
「あなたは?」
「つららはつららっていうんだよ」
「つららちゃんはモンスターなの?」
「うん。あのお姉さんに助けられたことあるの」
「へー。で、その梅干し、おいしい?」
「死ぬほどすっぱい」
「じゃあやめとこ」
少し離れたところでは、零那と羽衣が祈祷を続けている。
トメの身体はその姿が見えなくなるほど発光していた。
「お姉さん、死なないんだね」
「だと思うよ。あの山伏の二人、すごいんだから」
梅干しの持つ効果のおかげか、溶けかかっていたつららの身体はだんだん復活してきていた。
白い髪、白い肌、白い着物。
そんな自分の身体を見て、つららは呟いた。
「つららも死なないんだ……」
「あの二人に任せておけば大丈夫だよ。さっき、凄かったんだよ。ダンジョンの壁をぶっ壊して、床もぶっ壊して。あと、孔雀ちゃんが二羽、もう一人の方を探し回っているはず」
★
「ポポカ・ジャカレが死んだ……」
地下20階、祭壇の前。
彩華は石の赤ん坊が入っている壺を腕に抱いて撫でていたが、ハッと顔を上げて呟いた。
ポポカ・ジャカレの魔力が消えたのを感じたのだ。
「まさか、あのニンジャが……? いや、そんなわけないわ。あのニンジャにそれだけの力はないはず。だとすると……山伏よねえ……。驚いた。想定よりもずっと強いかもしれない……」
傍らに控えていたセーコが彩華に尋ねる。
「どうしますか? 甘白虹子の方も、まだ捕らえられていません。落とし穴のどこかにいるようです。配信は続いてますからまだ生きているのは確実です」
彩華は少し考え込んでから言った。
「なら、あいつを向かわせましょう。甘白虹子は生きたまま連れてこさせたいわ。人質はいたほうがいいものねえ……」
★
その頃。
虹子は落とし穴の壁にぶら下がったまま、アルマードベアの唸り声を聞いていた。
「いやー、ごめんね……。生理現象は抑えらんないんだよねー……」
虹子はごそごそとパンツを引き上げながらつぶやく。
暗闇で見えないが、きっと下の方ではアルマードベアに雨のような水滴が降り注いだだろう。
しかし、水分を排出するのはいいが、出て行った水分を補給する手段がない。
荷物はすべて自転車トレーラーに乗せていたので、水筒などは持っていない。
こんなことまで想定していなかったもんね、と虹子は思った。
さて、ここからなんとか脱出できないものか……。
〈ニジー、まだ生きているか?〉
〈山伏とニンジャはどうなってる〉
「うん、多分だけどトメさんはお姉さまが助けたみたい……。でも大やけどしているって言ってた。今回復中だって。あとどのくらいかかるんだろ。私も自力で脱出する方法みつけないとかな……」
その時だった。
ふと気配を感じた。
懐中電灯をつけ、上方を照らす。
そしてそこにいるモノを確認してすぐに電灯を消し、背中に担いでいた小銃を両手に構えた。




