第96話 ちがーーーう!
壁をぶち壊した零那の目に飛び込んできたのは、空中から落下しはじめたトメの姿だった。
傍らには白い着物を着た雪女みたいな妖怪もいる。
なんだかわからないけど、早く助けなきゃ!
零那は履いていた足袋を脱ぎ捨てると、
「羽衣、バックアップお願い!」
と叫んで溶岩の海へと身を投げ出した。
そしてそのまま煮え立つ溶岩の上を、まるで地を走るかのように駆け出した。
あと少し……!
その時、溶岩の中から巨大なワニがその口を開けて零那の前に飛び出てきた。
「えい!」
零那は大きくジャンプする。
溶岩から上半身を出して零那に噛みつこうとするワニ。
零那はその鼻先を足場にするようにして蹴ってさらに大きく跳躍する。
「トメさぁ~~~~~~~~~~~~ん!」
ギリギリのところでトメの身体を受け止める。
体中火傷だらけ、いやそれどころかところどころ炭化して黒くなっている。
ひどい有様だった。
ついでに一緒に落ちてきた妖怪の襟首もひっつかむ。
「え……誰……?」
雪女の少女がびっくりした顔をしている。
雪女といってももう全身が溶けかかっていてドロドロだ。
「あんたなに? トメさんの友だち?」
「え……いや、弟子というか」
「なら一緒に来なさい!」
トメを背中に負い、雪女を左の小脇に抱えた。
「待って待って頭がとれちゃう!」
と言って雪女の少女は自分の頭を両手で抑えている。
零那はその状態で方向転換、
「うおおおおおりゃああああああああ!」
また駆け出した。
巨大なワニが咆哮を上げて零那に襲い掛かってくる。
「邪魔ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
零那は空いている右手で持っていた独鈷杵を振り上げた。
長さ20センチくらいで、手に握れるほどの太さ。
両端は槍の穂先のように尖っている、山伏の持つ武器の一つである。
「そおおりゃああああっ!」
零那はそれをワニの口中に向けて投げつけた。
独鈷杵はミサイルのように炎を噴射し、青い炎をまといながら一直線にワニへ飛んでいく。
そしてワニの上あごの内側に激突した。
途端に爆発のようなものが起こり、ワニの上あごの根元部分がはじけ飛ぶ。
次の瞬間、今度はワニの背後――つまり、羽衣のいる方向――から、直径20メートルはあろうかという光り輝く五芒星が回転しながら飛んできて、ワニの身体を縦に真っ二つにした。
「トメさん! 死なないで!」
そのまま溶岩の上を走り抜ける零那。
すぐに横穴にたどりつくと、トメを地面に横たえる。
「羽衣! ヒーバーの送ってくれた軟膏! あとお札!」
「うん!」
羽衣が自転車トレーラーから小さな壺を持ってくる。
零那は焦る手でそれを開けた。
中にはたくさんの赤い小さな粒が入っており、酸っぱい臭いがしてくる。
「ちがーーーう! これは梅干し! もう一つの方!」
「ごめん、慌ててたから!」
羽衣が違う壺を持ってきた。
蓋を開けると、ヒーバーが作った秘伝の軟膏が入っている。
二人はそれをトメの皮膚に塗りたくり始めた。
「もう全部使い切っちゃっていいから! くまなく!」
「うん!」
零那と羽衣は二人がかりでトメの全身に軟膏を塗り、その上から牛王宝印のお札をペタペタと貼り付ける。
「まだ息してる! 助かるよ! なんとかなる!」
そして零那と羽衣は伊良太加念珠を手にかけ、音を立ててこすった。
「え……このお姉さん、助かるの……?」
雪女はもう半ば溶けていて、顔の表情もわからなくなっている。
零那はチラッと雪女を見て、
「助かる助かる! っていうかあんたも死にそうじゃない! 首も取れそうだし! トメさんの弟子? じゃああんたも!」
零那は雪女の髪をひっつかむとヒョイと持ち上げ、斬られた首の切り口に軟膏をかなり雑に塗り付け、首を乱暴に戻した。
「はい、一時間くらいじっとしていて! そこに梅干しあるから食べといて! 霊力復活するから! あとトメさんには近づかないで! 巻き込まれると妖怪は消えちゃうよ!」
「ひぇっ」
雪女は自分の首を押さえたままトトト、と後ずさった。
零那と羽衣はトメの傍らに座禅を組んで座ると、念じ始めた。
もともと、山伏は仏法の僧侶でもある。
治癒や回復の術はむしろ専門なのであった。
「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン!」
零那が大日如来の真言である光明真言を唱え、
「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ!」
羽衣が薬師如来の真言を唱える。
すぐにトメの身体は光に包まれ始めた。




