第95話 氷の対話
「お姉さん、すごいやけどだね……すぐに死んじゃいそう」
自らの髪で作った直径2メートルほどの球体の中で、つららがトメを抱えながら言った。
球体を形作る氷はすりガラスのように半透明で、トメとつららの足元で溶岩が煮え立っているのがぼんやりと見えた。
球体は空中に浮かんでいるようだった。
つららのくせに、なかなかの魔力じゃないか、とトメは痛みの中で思った。
「つらら……」
「服も焼けちゃって、髪もボロボロ……。痛そう……。痛い?」
「ああ、痛いさ……」
「ふーん……」
つららは球体の中にトメの身体を横たわらせる。
トメは起き上がろうとしたが、身体が言うことを聞かない。
焼けこげたニンジャ装束、自分の肌が半ば炭化して黒くなっているのが見えた。
これでは、どちらにせよ自分の命は長くないな、とトメは思った。
つららはじっとトメを見つめてきている。
「お前……私が首を刎ねてやったのに、なぜ生きている……?」
「首はつながってないよ、ほら」
つららが自分の頭を持った。
頭が身体と離れて持ち上げられる。
頭と体は首のところで斬られていて、その切断面がキラキラとしていた。
「つららもびっくりしちゃったよ。つららって、首刎ねられてもすぐに死なないんだね。でももうすぐ死ぬと思う。あと5分かな、10分かな。その前に、お話したいって思ったんだ」
「なにをだ」
トメは全身大やけどを負っている。
「いろいろ。いろいろ聞きたいの。まず、どうしてお姉さんは私を掃除機で吸い込んだ時、エネルギーにしなかったの? 私を私のままで保存したの?」
「さあな……。ただの気まぐれだ。わからん」
「そうなの? なーんだ」
本当は気まぐれでも何でもない。
トメは、つららのことがかわいかった。
修行をつけてやってしばらくずっと一緒にいたのだ。
つららのやったことも許せなかった。
人間を騙して殺して食べた。
なぜそんなことを?
私たちは一緒に仲良くやっていたじゃないか。
でもつららはモンスターだ。
人間を襲って食べる。
それがモンスターじゃないか。
その葛藤の中で、トメはどうしてもつららをエネルギーに変換しきることができなかった。
だから、ダストカプセルの中にそのものの『あり方』を変えないモードで保存していたのだ。
「あのねあのね、もう一つ。つらら、あのカプセルの中からぼんやりとだけどずっと見てたよ。どうしてさっき、あんなに熱い中にいたのに私の入っていたカプセルを自分で開けなかったの? エネルギーにしたら冷たい空気が出てきただろうし、そのまま解放して私を保冷剤代わりにしても良かったのに」
「さあな……。ただの気まぐれだ。わからん」
「ふーん?」
トメにもわからない。
つららは人を殺したモンスターだ。
そしてつららはトメの弟子でもある。
一緒に死ぬのもいい、と思ったのかもしれなかった。
溶岩の放射熱で、球体を形づくる氷がだんだんと薄くなっていっている。
「ああ……もう時間がないね……。ええと、つらら、お姉さんにあとなにを聞こうとおもったんだっけ……。そうだ! どうしてお姉さんはつららの首を斬ったの? つらら、なにか悪いことをした?」
こいつは人を殺したことを『悪いこと』だと思っていない。
それはそうだ。
モンスターなんだし、それが自然な形なのだ。
野生の動物が人間を襲って食べることを『悪いこと』だとか『良いこと』だとか判断するだろうか?
ただ、つららと動物が違うのは、つららは言葉が話せて知能があり、コミュニケーションがとれるところだった。
人間は野生で育った動物とわかりあうことなどできない。
いや、できるのかもしれないがとても難しい。
ただお互いに生存を賭けて食ったり狩ったりしあうだけだ。
だけど……。
「つらら、お前はある意味、野生のモンスターじゃないものな。誕生からずっと私が面倒を見てた……。だから、私の責任でもある。モンスターが人間を食うのを人間は許さないんだ」
「そうなの? 悪いことなの? つららが人間を食べなかったら人間はつららを襲ってこないの? でも探索者には近づくなってお姉さん言ってたじゃない」
「ああ、そうだな……。人間もモンスターを見れば殺しにかかる。いいとか悪いとかじゃない。ただ、世界というのは、自然というのはそういう風にできているんだ。……つらら、聞いてくれ」
「うん」
「私が悪かった」
トメの言葉に、つららは少し驚いた表情を見せた。
「え、なにが?」
「ちゃんと私が教えておくべきだった。人間を襲うな、食うなと。……私がそう言ったらお前は言うことを聞いたか?」
「わかんないけど。聞いてたらいう通りにしてたかも。つららが聞いてたのは探索者は襲ってくるから近づくなってだけだったよ? なら、探索者を返り討ちにしてもつらら、悪くないよね?」
「ああ、悪くない。それがモンスターだからな。人間界の法律はモンスターを善悪でしばることはできない。ただし、それをやると私と仲良くはやっていけなくなる。ただそれだけだ」
「ふーん? なら、言ってくれたらつらら、我慢したかも……?」
トメとつららを覆う球体の氷がどんどん薄くなる。
つららは残念そうに言う。
「あ……もうつららの力もなくなっちゃう……ここで、おしまいだね。つらら、お姉さんに斬られたのは納得いってないけど、でも、お姉さんに出会えたことはよかったと思ってるよ。最初に助けられたし」
「そうだな。私もお前との出会いは悪くない出来事だった……。後悔することはたくさんあったがな」
「そっか。うん。じゃあお姉さん、またどこかで違う形で会うことができたらいいね。バイバイ」
つららの言葉と同時に、球体が溶けきった。
つららの首がずるっとすべって身体から滑り落ちそうになるのをつららは自分の手で抑える。
その姿が滑稽で、トメの口からは思わず笑い声が漏れた。
ただ、顔もひどいやけどを負っていて、笑顔をつくることはできなかった。
つららの身体は熱ですぐに溶け始める。
つららの発している冷気とせめぎあいをしているのか、つららの額からツーッと流れた雫が顎のところから垂れそうになって凍り付き、小さなつららとなる。
ただそれもすぐに溶けてしまって、蒸発していく。
「ふふ。そうだな、じゃあな。私は幽霊になるつもりだから、お前も死んだら幽霊のモンスターに……」
全部言い終わらないうちに、トメとつららの身体は落下を始める。
死ぬのが数分伸びただけだったな、とトメは思った。
顔まで炭化してしまっている。
せっかくの美人が台無しだと思った。
ただ、視界の端で何かが見えて目を動かすことだけはできた。
トメの視線の先で部屋の壁が崩れ落ちた。
そしてそこから一人の人間がダッシュで飛び出てきて、溶岩の上をこちらに向かって走ってきた。
長い黒髪ポニーテールの、女山伏だった。
眉を吊り上げ、必死の形相。
ウサインボルトのような綺麗なフォームで走ってきている。
なんだ、あいつ。
裸足じゃないか。
それで溶岩の上を走ってくるなんて……。
やはりアホだ。
そう思ったところでトメの意識は途切れた。




