第93話 焼ける人間の肉
そもそもトメは、ニンジャとしての訓練を受けた探索者である。
それも、日本有数のS級に認定されている。
ただ高いところから落ちただけで、なすすべもなく落下する、などということはない。
「うおりゃぁ!」
トメはなけなしの魔力を込めて、何もないはずの空間を蹴った。
まるでそこになにか足場があったかのように、トメの身体は宙に浮きあがる。
「もういっちょ!」
さらに高く。
空気を蹴って足場とする、人間離れした技であった。
こんな芸当ができるからこそ、トメはS級探索者となれたのである。
何度か空気を蹴り、下方で煮え立つ溶岩の熱から逃れるように上へ、上へとグングン上っていく。
ポポカ・ジャカレも止まれずに、通路の出口から飛び出す。
巨大なワニは足をばたつかせながら溶岩の海に落下していった。
煮え立つ溶岩のしぶきとともに、その巨体が真っ赤に灼けつく海の中に落ちる。
だが、驚くべきことに、ポポカ・ジャカレは溶岩で焼け死ぬことはなく、まるで普通の水場であるかのようにゆうゆうと泳ぎ、上方にいるトメを見上げて大きな口を開けた。
まるで落ちてくるのを待ち構えているかのようだ。
もちろん、トメにそんな光景を見ている余裕はなかった。
空気を蹴り、さらに上へと飛び跳ねていく。
部屋の高さは50メートルはあるだろうか。
ついに、トメは天井までたどり着く。
部屋の天井は熱で石材が溶かされ、再凝固したものなのか、ツルツルとした素材でできていたが、天井に貼り付くことなどニンジャの本業ともいえる。
トメは魔力を込めた手の平と足先で、天井に貼り付いた。
「ぷはぁ、ぜはぁ、ぜはぁ……!」
ここまで全力疾走した上、さらに魔力を消費して天井まで貼り付いたのだ。
トメの体力は限界に来ていた。
「くそ……これは……」
天井に貼り付きながらも、身体を反らせて下を見る。
見渡すばかりの溶岩だった。
どこにも出口などない。
トメが飛び出てきた横穴は、すでにポポカ・ジャカレに壊されて崩れ落ちている。
「……これは、まずいぞ……」
熱というのは、上方に向かっていく。
つまり、溶岩から50メートルも離れたこの天井付近も、灼熱地獄であった。
どこか脱出ルートがないか観察する。
一つだけ、天井に穴が開いているのを見つけた。
そこから溶岩が生み出す熱気が抜け出ているのだろう。
排熱のための煙突に似た構造になっているのかもしれない。
しかし、そこから脱出するというのは考えられなかった。
この空間の熱はすべてそこに集まって行っているのだ。
仮に天井を這ってあそこまでたどりついても、あっというまに高熱で焼き尽くされるのがオチだろう。
「くそ、どうしたら……」
溶岩に背を向けて天井に貼り付いているトメは、もはや何も考えられなくなっていた。
背中が熱い。
吸い込む空気も熱い。
喉や肺が焼ける。
掃除機は背中にストラップで担いでいた。
そのストラップが熱に耐えかねて、プラスチックの溶ける、嫌な臭いとともにブチリと切れた。
掃除機が溶岩の中に落ちていく。
そこではポポカ・ジャカレが待ち構えていて、その巨大な口で掃除機にかみつき、粉々にしてしまった。
「くそ……」
ストラップが解けるほどの熱なのだ。
もちろん、トメの身体も無事ではなかった。
着ているニンジャ装束に、火がついた。
肌が焼けている。
ああ、人間の肉って焼くとこんな香りがするんだな、と遠くなる意識で思った。
腰に下げていたダストカプセルの一つが、熱で留め金が壊れて開いた。
中に入っていたEngolidorスライムのエネルギーが放出された。
それは青白く弱弱しい炎のようにチロッと出て、そのまま空に消えた。
今やトメの身に着けているニンジャ装束が火に包まれ始めた。
大好きな父や母や兄や姉、そして妹の末子の顔が浮かんだ。
――ごめん。私はもう、ダメだ……。




