第91話 脱出
まずい、このままでは死ぬ。
Engolidorスライムの体内に取り込まれたトメはそう思った。
スライムはトメを飲み込んだまま、地面に向かって粘膜を伸ばしていく。
そしてスライムの身体を持ち上げる。
それはまるで六本の足。
スライムは、その足をシャカシャカ動かして、トメを乗せて走り出した。
――くそ、息ができないぞ。なにがどうなってる?
トメは半透明の粘膜越しに、周りを見渡す。
スライムはかなりのスピードでダンジョンを進んで行っているようだった。
どこに自分を運んでいくつもりだろうか?
いや、その前に窒息して死んでしまう。
早く、滅魔吸引器を!
トメは手に持っていたスティック型掃除機のスイッチを入れた。
すると、トメの魔力をエネルギー源として掃除機のモーターが回る。
ジュボボッ! と音をたてて掃除機がスライムの粘液を吸い込んでいく。
どんどんとスライムのサイズが小さくなっていく。
だがすべてを吸い込む前に、掃除機のダストカプセルがいっぱいになった。
スライムのくせに、なんという魔力をため込んでいるんだ!?
だが、なんとか頭は出せそうだ。
「ぷはっ!」
やっとのことで空気にありつくトメ。
「なんだいったい、なにが起こった!?」
スライムはトメを乗せたまま、グングンと進んで行く。
だがもちろん、そのままにしておくトメではなかった。
「くそ、もう一度吸い込んでやる……」
だが、ダストカプセルはすでにいっぱいだ。
交換しようにも、粘度の高いスライムの体内ではカプセルを取り外すだけで精一杯だった。
新たなカプセルを装着しようにも、スライムの粘液が邪魔してうまく行かない。
「なら、逆にこうだ!」
トメはいっぱいになったカプセルの留め金を外す。
そして、カプセルのフタを開けた。
すると、カプセルの中で満杯だった魔力のエネルギーがカプセルから解放される。
その勢いはすさまじく、スライムの中からドパッ! とエネルギーが一直線に噴出された。
スライムを形作る粘液の一部と一緒にエネルギーは石壁にぶち当たり、その部分を破壊する。
それでもスライムは走るのはやめない。
だが、それなりのダメージを受けているはずだ。
現に、スライムのサイズはだいぶ小さくなっている。
このまま抜け出せないか?
そう思って身体をくねらせるが、スライムの中では足をふんばる場所もない。
「ぐおおお!」
それでも足をばたつかせ、身体を何度もねじってなんとか上半身だけスライムの中から抜け出すことができた。
だがまだまだスライムは走り続ける。
スライムといえば、最弱のモンスターのはずだ。
それが、S級探索者であるトメをこれだけ苦しめるとは。
だが、上半身だけでも身体が抜け出てしまえば。
しょせん、物理攻撃に弱いスライムなのだ。
トメは懐に手を入れる。
襟の内側には数本の苦無が差してあった。
くさびの形をした手裏剣である。
それを順手に持つと、
「うりゃあああああああ!」
と叫びながら、スライムの身体を引き裂き始めた。
ベシャ! ベシャ! とスライムの身体をかたちづくっている粘液が飛び散る。
トメはさらに足をばたつかせる。
いまや、トメの身体をスライムにつなぎとめている部分はふくらはぎくらいまでしかない。
トメは改めてスティック型掃除機にダストカプセルを装着する。
「もういちどくらえ! これが幻影の掃除人滅魔吸引器だっ!」
モーター音が唸る。
ズボボボッ! とスライムの身体を掃除機が吸い込み始めた。
スライムの六本の足が乱れる。
その隙に、トメはついにスライムから完全に抜け出した。
床に降り立つトメ。
スライムはたたらを踏んで立ち止まり、トメに向きなおる。
一時は焦ったが、こうなってしまってはただのスライムである。
「これで、終わりだっ!」
トメは腰に差した短剣を抜くと、渾身の魔力を込め、スライムを真っ二つに叩ききった。
最初に比べるとずいぶん小さくなったスライムは二つの塊に分かれ、そしてプルプルと震えた後、その存在を維持できなくなったのか、その場でとろけ落ち、床に広がるただの粘液となった。
「くそ、焦らせやがって……。いったい、どうなってる? 山伏は!? 虹子は!?」
トメは自らの耳もとに手をやる。
そこにあるはずのイヤホンがなかった。
おそらく、スライムに捕獲されたときに外れてしまったのだろう。
スライムの死骸を漁るが、そこにもない。
もしかして、スライムの粘液ごと吸い込んでしまったのかもしれない。
トメの掃除機は二つのモードがあった。
モンスターや物体をエネルギーに変換して吸い込むモードと、かたちを保ったまま吸い込むモードだ。
後者は普段の掃除にも使えるから便利なのだった。
トメは掃除が嫌いだったからめったにこのモードは使わないのだけれど。
「ちっ、スマホまで落としたか……ここはどこだ?」
どうやら、通路のようではあった。
幅3メートル、高さ3メートルほどの通路。
だが、この通路、スライムの目指す先に向かって下り坂になっている。
傾斜でいうと15°くらいであろうか?
しかも、その先からはなにか暖かい風が吹いてきている。
「参った、はぐれてしまったぞ……この通路を戻るか?」
ニンジャ装束にまだまとわりついているスライムの粘液を落とし始めたとき、いま来た通路の向こう側から、何かがやってきた。
瞬間、トメはぞっとして一瞬思考がストップした。
やってくるのは、大きな口を開け、こちらに向かって四本足で走ってくる、大きなワニだったのだ。




