第90話 5円玉
〈ニジー、大丈夫か!?〉
〈ニジー死んだ?〉
〈おーい! ニジー! トメ!〉
〈画面が真っ暗だ〉
「ふふ……生きているよぉ……ちょっと待ってね」
虹子は腰に下げていた懐中電灯を取り出すとスイッチを入れる。
十分な明かりではなかったが、周囲の状況がなんとか見えるようになる。
この落とし穴は二メートル×二メートルくらいの正方形。
壁はツルツルしていてとっかかりがない。
上に懐中電灯を向けるが、その光は天井に届く前に消える。
今度は下に向ける。
光に反射して、二つの点がキラッと光った。
こちらを見上げている、鋭い眼光だった。
懐中電灯の光を絞ると、光はより遠くまで届くようになる。
「あれは……アルマードベアだね……」
足元数十メートル下で、アルマードベアがこちらを見上げているのだった。
「あいつはここを登ってこられないみたいね……。ひとまずすぐには死なないか……」
近くにトンボほどの大きさのドローンが飛んでいた。
こんなところまで付いてくるなんて、なかなかの高性能だ。
20万円という値段はむしろかなり安いように思えた。
「いい買い物したよ……」
そう呟きながら、虹子は懐中電灯を自分の顔に向ける。
〈おお! ニジー生きてる!〉
〈無事?〉
〈いまどうなってる?〉
〈れいなちゃんが探してるぞ〉
「ふふ、一応無事だよ、今のところはね。待って、じゃあお姉さまと通話する。その前にこの明かり消しちゃうよ。遠距離攻撃ができるモンスターがきたらマトになっちゃう」
一度懐中電灯を消し、腰に戻す。
そして今度はyPhoneを取り出して零那を呼びだす。
「もしもし?」
「あ! 虹子さん!? 大丈夫?」
「なんとかね。落とし穴に落とされたみたい。壁に銃弾を撃ち込んでなんとかぶら下がってる。上はなにも見えない。すっごく深く落とされたみたい。ずっと下の方でアルマードベアが待ち構えているよ。でも、今すぐにどうこうはならないと思う。そっちはどう?」
「私と羽衣は大丈夫。でもトメさんがスライムみたいなのに誘拐されちゃった」
「トメさんとは連絡とれない?」
「うんそうなの……。スマホ壊れちゃったのかもしれない」
「トメさんの位置は全然わからない?」
「うん。でもトメさんの霊気は覚えているから、法力でなんとか探知できるかもしれない」
「じゃあ、お姉さまはまずトメさんを探して合流して! 私の方はしばらく大丈夫。魔力で作った綱につかまっているけど、そんなに魔力消費しないから半日以上は粘れるよ」
「わかった!」
「じゃ、いったん通話切るね。私のところにドローンが来ているから、私になんかあったら配信の方で言うよ」
「了解よ」
通話を切り、真っ暗闇の中、綱にぶら下がりながら虹子は大きなため息をつく。
お姉さまなら、きっとトメさんを助けてくれるよね?
その次が私だ。
なんとかここで生き続けなきゃ……。
アルマードベアの唸り声が底の方から聞こえてくる。
「ま、のんびりいきましょうよ、アルマードベアちゃん」
聞こえるはずもないのに、虹子は小さい声でそう呟いた。
★
羽衣が糸にくくりつけた5円玉を手にもっている。
その5円玉に向けて、零那は真言を唱えた。
「オン マカ キャロニキャ ソワカ!」
十一面観音の真言であった。
あらゆる方向を見渡し、人々の苦しみや見えないものを見えるようにする、そんな力を持っている。
これでトメの位置を探ろうと言うのだ。
零那が真言を唱えた瞬間、5円玉はキラッと光った。
そして、糸を持っている羽衣の手をグイッと引っ張るようにある方向を指し示す。
「お姉ちゃん、下! ここよりもっとずっと下の階層にいる!」
「うん、トメさんの霊力も感じるわよ……。まだ生きている! 羽衣、トレーラーに乗って! 全速力で向かうわよ!」
――私がついていながら、二人を死なせることなんてできない。
零那はひらりと自転車に飛び乗る。
「羽衣、ナビ頼むわよ!」
「うん!」
最速でトメのところまでたどり着かなければならない。
焦っては駄目だ。
冷静に、だけどスピーディーに。
零那は、ペダルを力の限り踏み込んだ。




