第87話 吹奏楽部
それからも断続的にモンスターが襲ってくる。
だが、どんなモンスターであろうと、零那の敵ではなかった。
あっという間に焼き尽くしていく。
零那たちの自転車は軽快にダンジョンを駆けて行った。
「すごーい! 私も探索者の真似事してたことあったけど、お姉さんたち凄すぎ! 強すぎだよ!」
ヤミが荷台の上でキャッキャッと喜んでいる。
「そうでしょ? ヤミちゃん、私のお姉ちゃんは強いんだよ!」
羽衣が誇らしげに言う。
「羽衣ちゃんだってすごいじゃない!」
「え、そ、そう……?」
顔を真っ赤にして照れる羽衣。
「うん! だって法螺貝吹くの、すごく上手! 吹奏楽部みたい!」
「あ、ああ、うん、まあね……」
実際、羽衣が吹く法螺貝の音で、生半可なモンスターは襲ってこなくなっている。
〈いやまじですごいぞこいつら〉
〈ほんとにこのまま地下20階まで行っちゃいそうだな〉
〈同時接続者数3万人www 平日の昼間だぞ今〉
〈投げ銭できないのが残念〉
〈無茶な探索に追い込まないように探索者に投げ銭はできないシステムになってるからな〉
「でもさ、虹子さん。これって広告収入はもらえるのよね?」
零那が自転車を漕ぎながら大声で後ろの虹子に聞く。
虹子も大声で返す。
「もちろん! チャリンチャリンだよ! みんな見ている配信画面の下の方にバナー出てるから!」
「どのくらいもらえるかなあ?」
「同時接続者3万人……私もそんな行ったことないからわかんないけど! たぶんいっぱいもらえる!」
「やる気出てきたわ! 新装かい……じゃない、羽衣の学費のために、頑張るわよ!」
自転車とトレーラーは階段を降りていく。
〈あ、またトメがトリックを決めた〉
〈キックボードでついていってるから会話に参加できないしな。そのくらいしか存在感アピールできないんだろ〉
「うるさい!」
トメが怒鳴る。
〈おお、もう地下7階を越えた〉
〈地下8階!? こんなことってある? 今までの人類の記録が地下12階だろ?〉
〈excellent!〉
〈っていうか、地下8階でも上の階層とつくりは似てるんだな〉
「まあそうね。代わり映えのない景色みたいだけど、ちょっとずつ広くなってるのよ」
「広くなってる?」
虹子が聞く。
「うん、そう。出てくる妖怪は格段に強くなってくるんだけど、そのサイズもでかくなってくるのよ! それに合わせて通路や部屋のサイズも大きくなってくるの。見て、この天井なんか高さ10メートルはあるわよ」
「言われてみればそうだね。なんか遠近感がおかしくなってくるよ。自転車じゃなかったら、踏破するのにマジで何か月もかかりそう」
さらに進んでいく。
ダンジョンというくらいだから、迷宮のつくりになっている。
……のだが、零那はほとんど迷うことがない。
地下8階ともなると、2平方キロメートルはあるというのに、行き止まりの道を選ぶことがまったくなかった。
「不思議と道を間違えることが少ないのよねー。天性の勘ってやつかしら? 子供のころから洞窟探検遊びをやってたからかも。分かれ道でもなぜかはずれを引かないのよねー」
「魚群は外すくせに?」
「虹子さん、うっさい!」
そのときだった。
零那たちの前方50メートルほど先に、何かがいた。
いや、違う。
あまりの巨大さで近くにいると思っただけで、実際は200メートル先に、そいつはいた。
身長は5メートルもあるだろうか。
類人猿にも見えるくらい、全身毛むくじゃらの男だった。
太い腕と足。
顔は長く伸びた黒いひげに覆われていて、赤く燃えるような瞳でこちら睨みつけている。
手には鉄のような素材でできている棒を持っていた。
その棒から鎖が伸びていて、先の方に鉄球がついている。
〈なんだあれ〉
〈初めてみた〉
〈ジャイアント族か!?〉
〈いや、一度だけ記録にある。出会った探索者はSSS級のパーティだったけど、物理攻撃も攻撃魔法もほとんど効かなくて、結局目くらましの魔法でなんとか逃げおおせたらしい〉
その巨人に近づいてから零那は自転車を止める。
「あいつはそれなりに強いわ。私もそろそろ本気を出すわよ。羽衣、錫杖を頂戴!」
羽衣の返事は零那にとって予想外なものだった。
「やだ」
「へ? なんで?」
「私もヤミちゃんにいいとこ見せたい!」
「はあ!?」
零那は素っ頓狂な声を出してしまう。
そんな零那にかまわず、トレーラーから床に降り立った羽衣は零那より前に出て、九字を切った。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
さらに続けて叫ぶ。
「天に満つるは日月星辰、地に満つるは五行百神。五芒の星宿よ、人に仇なす妖を打ち倒さん! 急々如律令!」
すると羽衣の目前に羽衣自身の身長と同じくらいの大きな五芒星が浮き出る。
五芒星は光の線でできていて、青く眩しいほどの明るさを放っていた。
「くらえっ! ウルトラスーパーグランドクロスぅ~~~~……セーーーーーーーマーーーーーーーン!!!!」
羽衣の絶叫とともにその五芒星が一直線に巨人へと飛んでいく。
「アバルマドラガ!」
巨人はなにか言語のような声を出し、持っていた鉄の棒を振り回した。その先の鉄球で羽衣の放った五芒星をはじき返そうとしたのだ。
しかし。
そのまま鉄球は五芒星に真っ二つにされた。
「ガ……!」
赤い目を見開く巨人、だがなすすべもなく、その頭部に五芒星が直撃する。
その瞬間、五芒星は爆発するかのように色とりどりの小さな星となって散らばった。
巨人の頭部はキラキラとした光に包まれる。
「ガァァァァ!」
巨人の頭部は真っ赤に燃え始め、そこから星が飛び散る。
まるで巨大な線香花火のようだった。
バチバチと火花がはじけるような音が響く。
〈すげ、なんだこれ〉
〈ういちゃんかっこいい!〉
〈そりゃ妹ちゃんだってSSS級だもんな〉
虹子もトメもヤミも、その光景を驚きの表情で見ている。
しばらくすると飛び散る火花も少なくなり、やがて消えた。
残されたのは、頭部を真っ黒に焼け焦がされた巨人の身体。
それは、ゆっくりと仰向けに倒れる。
ズゥン、と地響きが鳴った。
羽衣はふう、と息をつくと、かっこつけてヤミの方を振り返り、長いふわふわの髪の毛をファサッとかきあげて得意げな表情で言った。
「ヤミちゃん、どう? 私だってやれるでしょ?」
「うわー! すごいやばいマジパない! 羽衣ちゃん素敵!」
「えへへへ……」
頬を上気させて満足げにニカッと笑う羽衣。
どうしても友達にいいところを見せたかったらしい。
「グランドクロスって陰陽師の術でも山伏の術でもないよな」
トメが冷静な声で言うが、ヤミは羽衣に向かってパチパチと拍手をしながら、
「いいじゃん、技の名前はかっこいいのが一番だよ!」
零那も少し呆れてしまったが、
「……まあ、いいけど。羽衣だってまだ16歳だし、かっこつけたいわよねえ。そういうのない子だと思ってたけど、新たな一面を発見できたわ……」
「えへへ。仲良くなった子にはいいとこ見せたいもん」
腰に手をやって胸を張る羽衣。
だけど、その足はフラフラになってしまっている。
「いやーちょっと霊力を多めに使っちゃった……。次はお姉ちゃんお願いね」
「まったくもう、あんたって子は……。わがまま言わないいい子だと思ってたのに……」
そのとき。
『それ』に最初に気づいたのは、トメだった。
「おい、巨人の向こうにも何かいるぞ」
その声に全員がそちらを向く。
そして、零那は一気に臨戦態勢に入った。
「羽衣、錫杖を!」
零那の鋭い声が飛ぶ。
「うん!」
疲労のためか少し足がもつれながらも、今度こそ羽衣は零那に錫杖を投げてよこした。
零那は錫杖を両手で握ると、足を前後に開いて腰を落とし、槍のように構えた。
ほかのメンバーも急いで戦闘態勢をとる。
パーティ全員を、緊張感が包む。
それも無理はない。
そこにいたのは、黒い修道服に身を包んだ一人の女性だったのだ。




