第83話 ヤミの死体
彩華は、確信していた。
一度はきちんと生まれてきたのだ。
不完全な形になってしまったとはいえ、泥が産まれてきたわけではない。
自分の娘には、確かに魂がある。
心臓の鼓動は聞こえないが、魂の鼓動は感じていた。
聖なる壺であるQuartinhaに石化した赤ん坊を入れ、さらにスライムの中へと沈めた。
これでしばらくは今の状態を保存できるだろう。
赤ん坊をモンスターに命じて厳重に守らせ、彩華はひとり地上に戻って老婆に相談する。
「そうか……お前でも完全な人間が産めなかったか……。しかし、魂はあるのだろう?」
老婆はそう言った。
彩華は強く頷き、すがるような目で言う。
「はい、あの子の魂ははっきり感じました。あの石の身体を依り代として安定していると思います。念のため、壺の中にいれて魔法をかけ、スライムの中に保存しています。すぐには魂が霧散することはないでしょう」
「よし、よくやった。希望はある。新たな依り代……いや、スペアの身体が必要だ」
「スペア……?」
「そうだ。お前の娘と同じ年の少女を探せ。できれば同じ日に産まれた子がいい。そいつを殺せ。そしてその身体を奪うのだ」
「殺す……シスターである私が、人を……?」
「それだけではない。赤ん坊の身体は不完全な石なのだろう? その状態を維持するにもエネルギーがいる。それも、大量のエネルギーが必要だ。モンスターではだめだ、人間がよい。人間が持つ感情こそがもっとも大きなエネルギーを生む。探索者を呼び寄せ、エシュ様への供物とせよ。エシュ様は自らのお子にそのエネルギーを分け与えてくださるだろう。エシュ様は自らの足で自らを捧げる者を好む。できれば弱いものより強い力を持つ者の方がよい。やれるか?」
彩華は一瞬だけ感じた我が子のぬくもりを思い出した。
今や、信仰だけでなく、我が子への愛が彩華を支配していた。
「必ず、やります」
★
そんな簡単には、新たな依り代――スペアとなる者を見つけることはできなかった。
簡単どころではない。
十五年間。
彩華はひたすら探索者を騙し続けた。
探索者塾の講師として生徒を集め、生徒たち一人ひとりを調べあげる。
できれば、行方不明になっても家族が騒ぎ立てない者がよかった。
家族がいない者、家出してきた少年少女、外国からの出稼ぎ探索者。
条件が合うものがいれば、ダンジョンに誘い出しては殺した。
石化してしまった娘の依り代になれるのではないかと、同じ年代の少女で試してみたが、どれもうまくいかなかった。
同じ誕生日の少年がいたが、そいつでもダメだった。
赤ん坊の魂が、それらの死体にはまったく共鳴しなかったのだ。
やはり、まったく同じ誕生日、そして『少女』でないと、別の魂を死体に移すという前代未聞の魔法は成功しないようだった。
十五年間。
ひたすら、彩華は人をたらしこみ、騙し、殺し続けた。
我が子の命のために。
★
2018年、9月。
新潟駅前のファミリーレストラン。
彩華の目の前には、ゴスロリ衣装に身を包んだ少女がいた。
「誕生日は2003年の!」
その子は猫のように顔の前で手を握り、そして大きな声で叫んだ。
「ニャー! ニャー! ニャー! の日です!」
それを聞いた瞬間、彩華の全身に鳥肌がたった。
見つけた!
ついに、見つけた!!
私の娘と同じ年、同じ日に産まれた少女だ。
この子の身体が、私の娘になるのだ。
我が子になるのだと思うと、その少女がとても愛おしく思えてきた。
「ふふふ……あはは!」
彩華は嬉しさのあまり、思わず笑い声が出てしまった。
笑いすぎて涙が出てきたほどだった。
なにしろ、十五年のものあいだ、探し続けた人間をついに見つけたのだ。
よかった、よかった、よかった!
神の子が、私の娘が、やっとこの世に顕現できる!
なにがなんでも、どんな手を使ってでも、この子をダンジョンの深層階へと呼び寄せなければならない……!
★
少女の身体は首尾よく手に入れることができた。
魔法で心臓の動きを止めて殺してやった。
彼女は死んだ。
その魂はきっと天国へ行けるだろう。
この世を救うための人柱となったのだ。
神も彼女を天国に迎えるくらいの慈悲は与えてくれるだろう。
その少女の死体は、スライムでできた棺の中に保管してある。
赤ん坊の魂が少女の死体と共鳴しているのを感じる。
彩華の娘は、少女の死体を欲しているのだ。
――きっとうまく行く。
彩華は確信する。
だが、大きな問題がひとつあった。
我が子の魂を、この身体に移し替える。
言葉で言えば簡単だが、実際のところは禁忌の魔法である。
いかに天才探索者の才を持っている彩華といえど、その魔力だけでは魔法を遂行することはできない。
魔力が、まったく足りなかった。
そのためにはもっともっと多くの探索者の命を奪わねばならない。
D級やE級などの名もない底辺探索者の命ではとてもあがなえない。
できれば強力な力を持つ、最低でもS級クラスの探索者がいい。
まず目を付けたのは。
甘白虹子。
S級の、ダンジョン配信者だ。
新潟を拠点にしている探索者。
ちょうどいい。
沼垂ダンジョンは、いまや彩華が支配していると言っても過言ではなかった。
配信者たちの通信手段はひとつしかない。
ダンジョン内でしか採れないレアメタルを利用した、新方式の通信だ。
距離や障害物をものともしないその新方式通信は、ダンジョンマスターである彩華にしてみれば、ダンジョン内限定ではあるが、いともたやすく侵入できるザルな通信であった。
魔法を使って虹子のスマホに侵入し、地図アプリを書き換える。
そして自分で地下六階に行くように罠をはった。
国の救助隊が地下五階までしか出動しないことでもわかるように、地下五階と六階では、空気中に満ちるマナの質が全く違う。
出現するモンスターのレベルも格段に強いものばかりとなる。
そこからは現世を超えた、まったく別の世界であるとすら言えた。
そのエリアまで自ら来た者こそが、エシュにとっての供物なのである。
エシュは自分の意志、自分の足で身を捧ぐ者を好む。
そうでなければ殺しても魔力を得られない。
虹子はあっさりとその罠にかかり、遭難した。
あとはアルマードベアが彼女の身体を生きたまま地下20階の祭壇まで連れてきてくれればいい。
彩華はその祭壇の前に座り、余裕の表情でタブレットの配信画面を見ていた。
虹子はうまく小部屋に逃げ込んだようだが、時間の問題だろう。
S級探索者の魂が手に入るわね、とほくそ笑んでいた、そのとき。
虹子が逃げ込んだ部屋のドアをノックする者が現れた。
女の、山伏だった。
★
そして時は現在に戻る。
彩華は地下20階の祭壇の前にいた。
「セーコ、そこのタブレットをもってきてちょうだい」
セーコが干からびた手でタブレットを持ってくる。
それを受け取ると、彩華はタブレットを操作し始めた。
今のところ、すべてうまく行っている。
虹子は殺せなかったが、かわりに特SSS級とSSS級が釣れた。
この二人を殺し、魔力を奪う。
世界にただ一人の現役特SSS級。
その魔力はきっと、我が娘の魂を死体に移すのに十分な量だろう。
「ふふふ……待ってるわ、特SSS級とSSS級の、山伏さん……」
必ず殺す。
しかし相手は特SSS級である。
彩華は林野庁から認定されていないだけで、同じくらいの力量がある自信はあったが、真正面から戦えばいかな彩華といえど、完勝するのは難しいだろう。
蟲使いの能力で操ろうと思ったが、うまくいかなかった。
直接接触で呪いの刻印を彫ろうと思ったが、それもあの姉妹には通用しなかった。
だが今や彩華はダンジョンマスターなのだ。
ありとあらゆる汚い手を使ってでも、必ずこいつらを殺して見せる。
うまいことに、姉妹の友人であるS級二人には刻印を彫ることができた。
彼女らを助けるために、山伏姉妹は自ら地下深くへ足を踏み入れてくれそうだ。
「ウービーイーツねえ……そういえば、最近モクドナルドは食べてないわ……。注文しちゃおっかしらねえ」
そして彩華はタブレットをタップする。
注文が終わると、スライムでできた棺に近づく。
緑青色に濁っているそれを、手の平でポンポンと叩く。
すると、スライムはプルっと震えた。
すぐにスライムが透明になっていく。
そこには、一人の少女の遺体が入っていた。
何も身に着けていない。
整った顔立ち、二つ並んだ泣きボクロ、小さな顔とバランスがとれている華奢な肩、胸は薄く、腰は細く、まだまだ未成熟な身体。胸には赤紫色の、呪いの刻印。
大平深夜だった身体だ。
だが深夜は死に、この肉体の『霊的』な意味での所有権はすでに彩華のものであった。
深夜が幽霊となってダンジョン内をさまよっていたのは計算外だったが、しょせん幽霊、そのうちこの世から消えるだろう。
世界のために犠牲になった少女だ、きっと天国へ行ける。
天国へ行けるのは、神に選ばれた人間だけだ。
ゴス趣味なんてものを持つこの女のことだ。
生きていてもどうせ無為な人生を送って地獄に行くだけだったに違いない。
そう思うと、自分の善行に感動すらしてしまう。
「もうすぐ……もうすぐよ……。私のかわいい娘……」
彩華は少女の死体を保存しているスライムの表面を優しくなでた。
★
ピロリロリーン。
支度を整え、ダンジョンを目指して自転車を漕いでいた零那のスマホが鳴った。
「あれえ? ウービーのアプリ、立ち上げていないのに……?」
スマホを見る零那。
そこには注文内容が表示されていた。
配達場所は、沼垂ダンジョン。
表示されている高度からすると……地下20階。
備考欄にこう書かれていた。
『おなかがすいているので急いで来てください。大事な妹さんやおともだちと一緒にね』
それを見て零那は呟いた。
「なるほど、宣戦布告ってことね……」




