第80話 子を産め
彩華は父を知らない。
母親の口ぶりからすると、おそらく日本人だったのだろう。
『彩華』という名前は、父親がつけてくれたのだと言う。
母親は日本に渡ってきた日系ブラジル人だった。
彩華のことを疎んじていたのか、あまりかまってもらった記憶がない。
働きもせず、昼間から酒を飲み、夜になると男とどこかへ消える、それが母親だった。
しかし、愛情に飢えて育ったというわけでもない。
彩華が産まれたのはとある県の工業地帯であった。
そこには日系ブラジル人のコミュニティがあり、彼らが集う教会があった。
その教会に通ってくる人たちはとても親切だった。
彩華の顔を見るとお菓子をくれたり、一緒に遊んでくれたりする。
特に教会の神父は彩華をことのほかかわいがってくれた。
神父なので当然結婚を禁じられていて、子供がいない。
その分、まだ幼かった彩華がとても可愛かったようで、まるで自分の子供のように育ててくれた。
彼は人格者だった、と今でも彩華は思う。
神父のことを考えると胸がじんわりと暖かくなる。
食べ物もまともに与えてくれない母親の代わりに、神父の援助によって彩華は12歳まですくすくと育った。
精神的に早熟だった彩華は、そのくらいの年齢になると、男と酒におぼれる母親のことを、一人の女性として哀れに思うほどに成長した。
信仰を失った人間は、不幸になる。
母親を見て育ち、そう思い込んだ彩華は、神父に頼み込んで教会のシスターとなることを選んだ。
神父は自分の信仰心が彩華にも受け継がれたことをたいそう喜び、教会に住まわせてくれた。
これから神に一生を捧げて生きていく。
彩華はそう思っていた。
しかし。
転機はまもなく訪れた。
ほんの数か月後、神父が悪性の腫瘍を患い、あっという間に亡くなったのだった。
どれだけ泣いたかわからない。
神様はどうしてあんないい人を天に召したのだろう?
その頃には母親はどこかに失踪していたし、父のように懐いていた神父は死んでしまった。
彩華は本当の意味で独りぼっちになってしまったのである。
次に神父の座を受け継いだ男は、金にがめつく、人々の信仰心を利用して大金を集めるような男だった。
潔癖な彩華のことが気に食わなかったらしく、シスター見習いだった彩華を粗雑に扱った。
しまいには彩華を知り合いの違法ガールズバーに売り払おうと画策する始末だった。
神父様は素晴らしい人格者であるべきなのに、なぜあんな男が神父になるのを神様は許しているんだろう?
彩華の信仰心は大きく揺らぎ、14歳のある日、ガールズバーに売られるくらいならと、彩華は教会から逃げ出したのである。
そんな彩華をあたたかく迎えてくれたのは、教会で知り合った、ブラジルの土着宗教、マクンバを信仰する集団だった。
ブラジルのカトリックはもともとアフリカの宗教と結びつきが強く、それがマクンバとして発展した。
カトリックの聖人とアフリカの神々を同一視する『習合』が行われて成立したのがマクンバなのである。
したがってマクンバの信仰者であっても、表向きは普通のカトリック信者として、コミュニティの中心としての役割も持っていたカトリック教会に出入りするのは普通のことだった。
カトリックの神への信仰に疑問を抱き始めていた彩華は、やがてマクンバの教えに大きく傾倒した。
彼らは彩華を家族の一員として迎え入れてくれた。
さらに、マクンバを信仰する人々は、彩華に探索者としての技術を教え込んだのである。
その頃はまだ、ダンジョンへの出入りは今ほど厳しくなかったから、マクンバの人々は、まだ子どもだった彩華を連れてダンジョンへと潜り、実戦的な技術や魔法を彩華に教え込んだ。
才能があったのだろう。
わずか15歳で彩華はソロで地下五階に到達できるほどになっていた。
余談であるし、世界の誰もそれを知ることはないのだが、ソロ探索において、15歳で地下五階に到達できた人間は、彩華のほかに、この頃はまだ生まれていない零那だけである。
彩華はそれほどの稀有な才能と実力を持っていたのだ。
その実力を、周りの皆は称賛し讃えてくれた。
『我らがお姫様』
とチヤホヤすらしてくれた。
そしてある日、マクンバを信仰する集団の、リーダーであった老婆に彩華は呼ばれた。
築四十年の安アパート。
外壁はボロボロで、建物を囲む塀も崩れかかっている。
外から見ただけではまさか宗教団体のトップが住んでいる場所だとは思われないだろう。
しかし、一歩建物に入ると、そこはまさしく宗教団体の本拠地だった。
老婆が住む一室は、さまざまな装飾が施された儀式の部屋となっていた。
赤と黒のロウソクに火がともされ、老婆がくわえる葉巻の煙で充満している。
床にはペンバと呼ばれるチョークで魔法陣が描かれ、その真ん中に老婆は座っていた。
その顔は深いしわが刻まれ、もはやどこが目でどこが口かもわからぬほどだった。
老婆は、噂によればもう120歳を超えている年齢だという。
本当かどうかはわからないが、1908年に行われた最初のブラジル移民船、笠戸丸の乗員だったという伝説まである。
祭壇の前に座る老婆の第一声は驚くべきものだった。
「彩華、子を産め」




