第78話 お母さんの誕生日
「お母さん……?」
ペンダントを凝視しながらヤミの表情が固まる。
零那はじっとヤミを観察する。
「お母さん……お母さん……。そう! 思い出した! 誕生日だ! お母さん、来月誕生日なんだよ! 10月2日!」
今日は7月の最終日。
10月は〝来月〟ではない。
ヤミの時間は、死んだそのときで止まったままなのだ。
「そう、10月2日がお母さんの誕生日なのね」
「うん! で、なにか買ってあげようって思って……。そのペンダント、お年玉だけじゃ足りなくて……お父さんには内緒よってお母さんが半分お金出してくれて……だから……だから、今年の誕生日はバイトしてすっごいいいもの買ってあげようと思って……。黙ってバイト始めたの」
「そう、プレゼント買おうと思って秘密でアルバイトしたのね。何のバイトしたの?」
「えっとね、荷物運び! なんかね、壺みたいなのを背負ってダンジョンに……ダンジョンに……あれ? そうだったかな? そうじゃなかった気も……?」
「誰と一緒にいたの?」
「えっと、えっと……わかんない……。あれ? あれって夢だったのかな? でも、yPhoneの地図アプリで地下五階行こうとして階段を降りて……そしたら地下六階で……それは覚えてるの。そこで誰かと会って……あれえ? あれ、痛っ! なんか頭が痛くなってきた……」
ヤミは顔をしかめて指を額にあてた。
とたんに、ジジジ、と音が鳴ってヤミの姿の輪郭にノイズが走り、気配が薄くなり始める。
零那は慌てて言った。
「いいわよいいわよ、今は思い出さなくても大丈夫よ。ほら、これをあなたに渡そうと思ってたの。これ、つけなさい」
真鍮の土台に透明なクリスタル、さらにその中に白い石が入っているペンダントをヤミに差し出す。
「いたた……。うん、それ私のだから……」
ヤミはそれを受け取る。
その瞬間だった。
なにか高周波の音が響き渡った。
「え、なに!?」
虹子が耳をふさぐ。
「なんだ!?」
トメが掃除機のスイッチを入れた。
魔力で動くモーターがけたたましい音とともに動き始める。
「トメさん待って、大丈夫だから。ほら、見て」
零那がヤミを指さす。
ヤミはペンダントを自分の首にかける。
すると、耳が痛くなるような高い音が鳴った。
「え、なにこれ!?」
虹子が声を上げる。
ヤミの周囲の空気が変わった。
今までのヤミはあくまで霊体で、どこか存在感が薄いと思わせるものがあった。
しかし、そのヤミがペンダントを身に着けた瞬間、今までなかったものが現れたのだった。
ダンジョンの内部は薄暗いが、壁がかすかに発光してお互いの顔色がわかる程度の明るさはある。
そして、それと同時に、壁から放たれる光で、零那たちの足元には影ができていた。
その影は、今までヤミにはなかったものだった。
しかし、ヤミがペンダントを身に着けた瞬間、ヤミの足元にすうっと影ができたのだ。
ペンダントの持つ力が、ヤミに〝実在〟を与えたのである。
トメは呆気にとられた顔で掃除機のスイッチを切り、零那の耳もとに口をよせて尋ねた。
「なんだこれは……。幽霊に影が……。いや、幽霊は幽霊のままだが……。こいつの気配が変わった……」
「すぐに気づくとは、さすが幻影の掃除人というだけあるわね、トメさん。そう、この子は今、〝この世〟に安定して存在し始めた……。霊体のままではあるけど」
ヒソヒソ話をしている二人をヤミが指さした。
「ねーねー、何の話をしてるの?」
「いえ、そのペンダント、似合うわね、って話をしてたのよ」
「えへへ、でしょー!? 見てこれ、かっこいいでしょ? ゴス衣装にぴったり!」
「そうね、すごく似合っているわよ。でも家に置いてきちゃってたの?」
「うん、探索のときは動きやすい恰好で行くもん。ゴスに合わせるために買ったペンダントだから」
今現在、ダンジョン内にいるのにゴスロリ衣装であることには疑問を持っていないのか、ヤミは屈託のない笑顔でそう言った。
そして首からぶら下がるペンダントを手で持って、うっとりと眺めている。
「けっこう高かったんだよー。いくらしたんだっけかな。十万円くらいしたかも……。この禍々しい感じがさ、闇姫、って感じでいいよね」
羽衣がうらやましそうな顔を浮かべた。
「十万円のアクセ!? 高校一年生で?」
「十万円といっても、加工代が高かったんだけどね。そのあと、お父さんが新車買ったとき、弥彦神社でお祓いしてもらったんだけど、車の中にこれをこっそり置いておいたの! だから、お祓い済みの聖なる宝石なんだよこれ。 えへへ、大事な宝物なんだー」
零那はヤミの自宅前にとまっていた自動車を思い出す。
あの車のことだろうか?
それに、お祓いまで済ませていたとは。
なるほどね、と零那は思った。
どうりで清らかな霊力をたくわえている思った。
そのとき。
〈あれ、ペンダントが宙に浮いてる……?〉
〈でもなにか、もやっとしたものが見えるぞ〉
〈モニターの汚れかと思って拭いちゃったけど、このもやみたいなの、カメラに映っているのか?〉
〈人型のもやだ〉
〈これがさっき言ってた霊体か〉
コメント欄がざわつき始めた。
視聴者から見れば、ヤミが首に下げたペンダントは宙に浮いているように見えるらしい。
でも、それだけじゃない。
ペンダントの力で実在感を増したヤミの姿を、ほんのかすかだがカメラが人型のもやのようなものとして捉えているようだった。
〈♪ 見えます。ありがとうございます 泣いてます〉
そのコメントが聞こえてきて、零那はどんな返事をすればいいかわからず、ただかすかに頷いた。
ほかの三人も少し黙り込む。
そのとき、ヤミが自転車トレーラーのカゴに括り付けられている袋を指さして聞いた。
「あれ? モクドの袋! 食べていい?」
「だめよ。あれはお客様の。注文入ったからついでにピックしてきたの」
零那はビシッと言う。
それを聞いて虹子が眉をひそめた。
「お姉さま、どういうこと……?」




