第77話 そこにいるんですか?
零那が真言を唱えた瞬間。
虹子がぶるっと震えて自分の手で自分を抱いた。
「寒い……」
それは、まさに幽霊が現れる前兆だった。
羽衣は平気な顔をしているが、トメは何かしらを感じたのか、スティック型掃除機を握りなおした。
そして。
何もなかったはずの空間が、ジジッと揺れた。
そこにぼんやりとした霧状のものが生まれ、それは人間の形へと変化していく。
零那たちが見つめる中、その輪郭がだんだんはっきりしてくる。
手の込んだ編み込みツインテール、整った顔立ち、閉じた目、その目元には二つ並んだ泣きボクロ、そして黒を基調としたゴスロリ衣装。
零那たちの前に、ヤミが現れたのだ。
ヤミはパッと目を開くと、
「キャッ! びっくりした! え、なにここ? ……またあなたたち?」
ヤミは零那たちの顔を見ると、すぐにジト目になり、口を不満そうにすぼめた。
「あなたたち、私が地上に連れて行ってって何回もお願いしてるのにぜーんぜん聞いてくれないんだもん。もういいよ!」
零那たちにくるりと背を向けると、ヤミは向こうへと歩き始める。
「いや待って待って! ごめん! 今度こそ、家に帰れるようにするわよ!」
零那は慌ててその背中に声をかける。
ヤミは少しだけ振り向いて、
「ほんとにぃ?」
信用していないような顔で言う。
〈なんだ? そこに誰かいるのか?〉
〈カメラにはなにも映っていないぞ〉
〈何も見えない。だれと話しているの?〉
〈ニジーには見えてる?〉
コメント欄の質問に虹子は頷いて答える。
「うん、私には見えてる。ゴスロリ着た、中学生くらいの女の子。かわいいよ」
それを聞いてヤミは虹子の方を向いてほっぺたを膨らませた。
「かわいいって言ってくれたのはありがと! でも私は高校生ですー! そんな子供に見える?」
実際、零那の目からしても、ヤミはまだ子供に見える。
早生まれの高校一年生なんて、中学生と見分けがつかなくても当たり前だ。
羽衣がフォローするように言う。
「大丈夫、ヤミちゃん大人っぽいよ! 私より年上に……年上に……年上には、見えないかなあ?」
全然フォローになっていなかった。
「もー! あんた、今いくつ? 何年生? どこ中?」
「えーと、16歳。高校には行ってないけど、高校一年生の年齢だよ」
それを聞いてヤミはパッと表情を明るくした。
「じゃー私とタメじゃん! 同い年同い年! 学年同じ! 名前は?」
「羽衣だよ。はごろもって書いて羽衣」
「羽衣ちゃんね、覚えた! ええとね、私は……私は、……なんだっけ」
その瞬間、ヤミ以外の四人が互いに目配せを送りあった。
羽衣も何も言わず、しばらく待つ。
この流れで自分の名前を思い出してくれないかと思ったのだ。
でも、そんなことはなく。
「あれえ? 私の名前……なんだっけ……?」
羽衣はチラリと零那の顔を見る。
零那は羽衣に向かって小さく頷いた。
それを見てから、羽衣は明るい声でヤミに言う。
「こないだ、ヤミちゃんってことにしたよ」
「ああそうそう! 月光に照らされ、闇に輝く王女! 闇姫とは私のことよ! うーん、羽衣ちゃん、……あなた、子供っぽく見えるから、あなたより私の方が年上っぽくない?」
トメが呆れたようにため息を吐く。
「お前ら、どっちも同じようなもんだ。というか、それ若さ自慢か? この中で一番年上なのは私だが、私に対するあてつけか?」
「え、今いくつなのこの人」
ヤミがトメを指さして羽衣に聞く。
「えーと、トメさんは24歳だったはず……」
「トメ! うふふ、それ、名前? でも見た感じは十分ロリっぽいよ、やーいロリババア!」
途端にトメがスティック型掃除機を構えた。
「このガキ……!」
「まあまあまあ」
零那が割って入る。
そこに、コメント欄の読み上げがイヤホンから耳に入ってきた。
〈♪ いるの? そこにいるんですか?〉
「はい、います。間違いないです。写真のまんまですよ」
零那が答えると、
〈♪ ありがとうございます〉
それで♪付きのコメントは途切れた。
ヤミの……深夜の母親は、どんな顔で、どんな思いで、この配信を見ているのだろう。
でも、なるべく楽しい雰囲気を出さなきゃね、と零那は思った。
「で、お姉さんたち、ほんとに私を地上に帰してくれるの?」
「ほんとほんと! その証拠にほら! これ! 覚えてる?」
そのヤミの前に、零那はペンダントを差し出した。
直後、ヤミの目が大きく見開かれた。
「え、嘘、それ……。去年、お年玉で作ってもらったやつ……」
「そうそう、これ、あなたのでしょ? ヤッちゃんのお母さんから預かってきたんだよ」




