第73話 修学旅行
「修学旅行に行ったことない?」
トメは片眉をクイッと上げて虹子の顔を見た。
「なんだ、風邪でも引いて行けなかったのか?」
虹子はうつむいて銃の手入れを続けながら、寂しそうな笑顔を見せた。
「違う違う。……いや、ある意味正解かな。うちさ、父親はいなくて母親は遊び歩いていてさ。お金もなくて。修学旅行の積立金もできなくて。お金がないから、修学旅行の準備にだけ参加してさ。当日は風邪ひいたことにして欠席したわけ。ウケる、あはは」
「そうか……」
「んで、お金がほしくてダンジョン配信者始めて、うまくいき始めたと思ったらこんなことになって……もー! ついてねーなー! あはははは」
掃除機とカプセルを拭き終わったトメは、カプセルのうち二つを腰に下げ、あと二つを荷物のリュックに入れる。
虹子も清掃が終わった小銃を手早く組み立て始めた。
「ウケるよねー。ね、山田さんは……」
「幻影の掃除人だ!」
「ごめんごめん、ファン《《トメ》》スイーパーだったね」
「ファン《《トメ》》じゃない、ファン《《トム》》!」
「あははははー。山田さんは家族仲いいんだっけ?」
「そうだな。うん仲がいい。子だくさんだからお金はなかったが、その分お兄ちゃんやお姉ちゃんが大学にも行かずに働いてくれたからな。すごく感謝してるし、家族みんな大好きだ」
「いいね、そういうの。うらやましいな、ふふふ。ね、聞いてよ、配信者始めたばっかりのとき、先輩がモンスターに襲われて大けがしちゃってさ。それでその先輩は引退しちゃった」
それを聞いて、トメは眉を一瞬しかめて唇を引き結んだ。
虹子は続ける。
「こないだも地下六階で死にかけたし、今回も死にかけてる。もうちょっとこう、私の人生うまくいかないもんかなとも思うけど」
虹子は立ち上がり、組みあがった小銃のコッキングレバーを引く。シュッ! と摩擦音が鳴った。
そして薬室に弾が入っていないことを確認するとコッキングレバーを離す。
カシャン、と乾いた音が響いた。
虹子はセーフティレバーを『ア』から『タ』に切り替える。
この銃は日本製なので、セレクターの文字も日本語となっているのだ。
『ア』は安全、『タ』は単射、そしてほかに『3』は3点バースト、『レ』が連射である。
壁に向けて構え、トリガーを引く。
カチン! と小気味よい音が鳴った。
「うん、OK」
虹子は満足げに頷いて座る。
そこでトメはスッと立ち上がり、虹子のそばに来ると、隣にストンと座った。
「ん? どうしたの?」
「いや、お前はずっと一人で戦ってきたんだな。私は家族に支えられて今がある。お前は……すごいよ」
「は? 突然褒めても何も出ないよ?」
「なぜソロで配信者を続けてた? 今は山伏女と組んでいるようだが」
虹子は少し考えてから答える。
「あのね、先輩が大けがしたときは、私はただの足手まといだったんだ。誰かと組んで、また私が迷惑かけちゃ嫌じゃん。だから、ずっと一人で潜ってたんだ。私のせいで誰かが傷つくのは……想像しただけで、怖いんだ。でもほら、お姉さまは最強じゃん? 特SSS級はさすがに私とはレベチだよ。お姉さまと出会ったとき、心の底から嬉しかったんだ。この人となら、至らない私が一緒に探索しても、簡単にリカバリーしてくれそうだ! って。だから、お姉さまをパートナーにしたかった」
「そうか……。パートナー、か……」
トメは何かを思い出しているような顔をする。
それから、自嘲気味にフッ、と笑った。
「虹子は理想のパートナーと出会えたんだな、羨ましい限りだ」
「うん! でも、山田さん……じゃなかったファントメ……でもなかった、トメさんのことも頼りにしてるよ!」
「……少し馬鹿にしてるだろ、お前」
「えへへー」
虹子は少し笑って、自分の手の平を広げて見る。
数々の闘いをくぐりぬけてきたS級の探索者らしく、傷跡がいくつもあった。
トメは何もない壁をまっすぐ見ている。
並んで座ったまま黙り込む二人。
そして、ポツリとトメが言った。
「修学旅行に行こう」
「は?」
「今からする探索だ。修学旅行ということにしよう。私とお前、山伏女に妹山伏。幽霊女も入れてもいい」
「えー。ヤミちゃんはモンスターだから山田さんは除霊したいんでしょ?」
「いったん保留だ。それに……モンスターだって、たまには人間の味方をしてくれる奴がいるんじゃないかって、そういう期待をしていた時代も私にはあった」
トメは腰に下げたカプセルに軽く触りながらそう言った。
「もう一度試してみるさ」
「そう? それならよかった。……じゃ、修学旅行だねっ!」
「そうだ。言っておくが、『家に帰るまでが修学旅行』だからな? 必ず、生きて帰る。私は死ぬわけにはいかない。私のことを大好きな家族がいるからな」
「ふふふ、そうだね」
虹子の腕とトメの腕が触れあっている。
二人とも、お互いの体温を感じあっていた。
「……虹子、お前のことも死なせるわけにはいかない。元をずっとたどれば、私にも責任があるのかもしれない」
「へ? なんで?」
「お前は知らないだろうが、お前の先輩……」
そこでトメは口をつぐんだ。
ほんの数秒黙り込んだあと、「ふーっ」と大きく息をつく。
「まあ、いい。とにかく、虹子には死んでもらいたくない」
虹子は横目でチラッとトメを見る。
「そう? そっか……」
虹子とトメの、腕と腕が触れあう面積が、少しだけ増えた。
そのとき。
「はっ!?」
寝ていた羽衣がガバっと飛び起きた。
そして左右を見渡す。
瞬間、虹子とトメは少し離れる。
「羽衣ちゃんどうしたの? 敵!?」
「おなかすきました!」
見ると、羽衣のほっぺたには寝あとがついていて少し赤くなっている。
「お姉ちゃんの霊力を感じる……。こっち来てる……食べ物、いっぱい持ってきてくれたかなあ?」
お読みいたただきありがとうございます!
あとがきというかお知らせです。
何か所か、大幅な変更を行いました。
12/28 12:40時点での話です。それ以降に最初から読み始めた方には影響ありません。
※25話と26話を統合しました。
冗長になっていて、読者様が離れているように見えたので、爆撃機の話をカットです。
※31話を削除しました。サブタイトルで言うと『すべらない話』です。ここで読者様が離脱しているっぽいので、夢の話を削除し、31話と32話を統合しました。
※47話と48話を統合してすっきりさせました。サブタイトルで言うと、「スケッチブック」と、「羽衣の画力」です。
冗長だったので統合して文章削りました。
新しいサブタイトルとしては、46話 裏側 となっている部分です
※サブタイトル 56話すもん(現タイトル サモン、シモン)と、68話ヤミバイト②のところを大幅修正しました。
ヤミの正体を知っていたのはコメント欄にいたヤミを好きだった同級生ってのがご都合主義すぎたので、藍里に変えています。
そこだけ押さえておけば読み直さなくてもOKです。
これからもよろしくお願いします。




