第72話 この感触が気持ちいい
その頃。
ダンジョン地下一階の一室。
羽衣はダンジョンの床の上で丸まって横になり、寝息を立てていた。
今日は一晩中、ほとんど寝ていないので無理はない。
虹子はその寝顔を満足げな表情で眺めていた。
「かわいいなー。やっぱりお姉さまに似てるよねー。髪の毛の質は違うけど。山田さん、見てみてよ、このふわふわの髪の毛! かーわいいー!」
「ふん、ダンジョンの中で寝るとは、なかなか度胸のあるやつだ」
トメが荷物から布切れを取り出しながらそう言った。
虹子はまだ羽衣の寝顔を見つめている。
「だってSSS級だよ? 私たちより上なんだもん。まあ羽衣ちゃんならモンスターが来たらすぐに気が付いておきるでしょ。で、山田さんってさー」
虹子はトメの方をちらっと見る。
トメは取り出した布切れで掃除機を磨き始めている。
「山田さんってけっこうモノを大事にするんだね」
「当たり前だ。道具はいつでも手入れを怠らない。それが一流の探索者というものだ。お前は銃を手入れしなくてもいいのか?」
「まあ、暇だから私もやりますかね」
虹子の武器一式はダンジョンに持ってきてある。
ハンドガン式の魔導銃が二丁、それに宝和工業製の21式5.56ミリ小銃の魔導銃が一丁。
もちろん、どちらも実銃としては使えないようになっている。
ほかに専用の弾丸が数箱。
弾丸は魔力が込められればよいので、実弾よりもかなり軽い。
「ふんふんふーん」
鼻歌を歌いながら、慣れた手さばきで小銃を分解し始める虹子。
「でもさ、山田さんってこないだは紙パック式みたいな掃除機を背中に背負ってたじゃん。なんで急にサイクロン型のスティック掃除機にしたの?」
「何を言っている。あれはあの山伏女に壊されただろう? 300万円もした特注だったんだぞ。まあ、このサイクロン型もパワーに劣るが旧式というわけじゃない。これはこれで便利なところもある」
無表情で掃除機を拭きながらトメが言う。
虹子も分解した小銃の機関部を布切れでこすりながら聞く。
「ふーん、どんなとこ?」
「掃除機型の吸引機は、ある程度の魔力を吸い込むといっぱいになる。そしたら捨てなければならない」
「そっか、その辺は普通の掃除機と同じか」
「そうだ。で、紙パック式だと、本体のフタを開けて紙パックを交換するんだが、紙パックは強度が足りない。本体のフタを開けると破裂してしまって私がダメージを食らう」
「そんなの、紙じゃなくてほかの素材にすればいいんじゃないの?」
「それはメーカーに言ってくれ。現在の技術力だとこれが精いっぱいだとさ」
「300万円もするのにい?」
「そうは言ってもしょせん新車のコンパクトカー程度の値段だからな……。フェラーリを買えるくらいのお金を出せばなんとかなるのかもしれんがな」
「フェラーリ乗りたーい!」
「配信で稼いでるんだろ? お前ならギリ買えるんじゃないか?」
「ギリでフェラーリ買ったところで余裕がなきゃ意味ないっていうか。で、その紙パックはどうやって交換するの?」
「破裂されると困るから、結界を張って紙パックの交換を行うんだが、その結界を張る手間があるんだ。時間にして10分か15分くらいかかる。しかも結界を張るのに私自身の魔力も消費する。地下一階とかならともかく、下層階の探索中にその手間をかけるのは危険が伴う」
「そっか、その作業中にモンスターに襲われたらヤバいよね。無防備だし、なにより武器となる掃除機が使えないわけだし……」
そこで、トメは自分の磨いている掃除機の一部分を指さした。
「そうだ。ところが、今使っているこっちのスティック型はな、サイクロン式なんだが、ほら、見てみろ、ここがカプセルになっているだろう?」
「ああうん、でもそっちのが魔力を捨てるのがめんどくさいんじゃないの? 普通の掃除機でもカプセル方式のやつはさ、こう、ゴミ箱の上でバサーってゴミを捨てなきゃいけないじゃない」
「私のは改造してあるんだ。カプセル自体を交換できるようになっている。このカプセルをあらかじめいくつか持って行く。このカプセル自体を交換すればものの数秒で吸引力が回復する」
「へー。なるほど、考えたねー。あ、だからカプセルがこんなに並んでるのか」
虹子が言う通り、トメの前にはカプセルが四つ並んでいる。
掃除機に装着されているものには『1』、あとはそれぞれ、『2』『3』『4』と番号が振ってある。
あとの一つには数字はなく、代わりに黒の縁取りの黄色い文字で『注意』と書いてある。
「なにこれ」
「カプセルごとにそれぞれ違う細工がしてあるんだ」
虹子がカプセルの一つに手をのばそうとすると、その手をトメがペチンと叩いた。
「人の武器にたやすく触るな。お前だって銃を勝手に触られたら嫌だろう?」
「あ、そうだね、ごめんごめん」
虹子は自分の小銃の手入れに戻る。
「……でも、紙パック式にしても、カプセル式にしてもさ、最終的には吸い込んだ魔力をどうやって処理するの?」
「いくつか方法があるが……。お前も知っての通り、魔力なんてものは地上に出てしまえばだいたい無害だから、広くて風通しのいい場所で解放してやればすむ」
そうなのだ。
魔法や魔力などは、ダンジョンの中でこそ絶大な力を発揮するが、地上ではほとんど無力化される。
逆に、ダンジョンの中では火薬や電気を使用する武器はほとんど無効化される。
だからこそ、虹子は魔力で射出する魔導銃を使うのだし、トメの掃除機もモーターは魔力で駆動するようにできているのだ。
「あとは、ダンジョン内で、モンスターに向けて解放することもある……。おもしろいぞ、解放された魔力はその辺のモンスターを吹き飛ばすからな」
「わりとおおざっぱだった……」
虹子は取り外した銃身を持つ。
細長い棒の先にブラシをつけ、そのブラシにポーションを垂らす。
探索者の中には魔力を込めた薬物を作り出す能力者もいて、そういう探索者に注文を入れて洗浄用のポーションを作成してもらうのだ。
虹子は棒を銃身につっこんで銃身に残っているマナの残りかすを削り落としていく。
「うーん、この感触が気持ちいい! ……暇だねえ、山田さん、恋バナでもする?」
「そんなもん誰がするか!」
「ね、ね、山田さん誰か好きな人とかいる?」
「修学旅行の男子か!」
「えへへ、私、修学旅行、行ったことないんだよね」




