第70話 気が重いけど
零那がダンジョンから出ると、朝日はもう昇っていた。
今は7月の終わり。
まだ朝九時だというのに、すでにもう暑い。
ひんやりとした冷気が満ちているダンジョンとは大違いだ。
太陽の眩しさに目を細める。
セミの鳴き声が聞こえてきていた。
汗が額ににじんでくる。
今年も暑いわね、と零那は思った。
入口近くにある守衛所を見ると、職員が零那の方を見ている。
いつかの若い男性職員だ。
『林野庁』と大きく書かれたシャツを着ている。
ペコリと頭を下げると、職員も会釈で返す。
そして、零那は職員の方へと歩き始めた。
あれから、零那たちは作戦会議をした。
地下二十階への挑戦を改めて決め、いろいろ話し合った。
さすがの零那といえども、なんの準備もなしに神に挑むことはできない。
だから、どうしても事前準備が必要だった。
でも、虹子とトメは呪いを受けていて、地上に戻ると体調を崩してしまう。
そこで、羽衣を護衛において、零那だけ地上にあがってきたのだ。
「おはようございます」
零那が声をかける前に職員の方から挨拶してくる。
この職員は零那が特SSS級だと知っているので、前よりも少し扱いが丁寧になっている。
「おはようございます。あのー、ちょっとお願いがあるんですけど……」
「はい? なんですか?」
「林野庁って、ダンジョン探索者のライセンスカードの情報を管理しているんですよね?」
「そうですね」
「名前と誕生日がわかれば、その人の登録してある住所、わかります?」
「まあ……わかるとは思いますけど、個人情報保護法がありますから教えられませんよ?」
想定内の回答だった。
トメが考えてくれた作戦通りに行くことにする。
「あの、実は、私、ダンジョン内で行方不明になったと思われる人からの助けを受信したんです。でも、その人、モンスターにやられたのか記憶喪失になっているみたいで、名前と誕生日しかわからなかったんです」
コメント欄の視聴者は、誕生日まで教えてくれた。
好きだった同級生の誕生日だから、なにかで知って覚えていたのだという。
「そうですか。ではその名前と誕生日を教えてください」
「はい! 大平深夜さん、2003年2月22日生まれです!」
「覚えやすい誕生日ですね……」
そう言いながら、職員は一度守衛所に引っ込む。
ほどなくしてタブレットを持って出てくると、こう言った。
「はい、確認しました。確かに探索者として登録されている方ですね。……ん? でもダンジョンに入った記録がないなあ……? 間違いないです?」
「間違いないです! 絶対です! この私が言うんですよ? 絶対です!」
零那の勢いに圧倒されたのか、職員は少したじろいだ様子で、
「そ、そうですか。ええととにかく、至急報告しておきますね。情報提供、ありがとうございました」
「自宅の電話番号と住所とかも登録されてます?」
「それは言えません。個人情報ですから……。……まあ、ご家族に連絡はとれそうだ、とだけ言っておきます。あとは、国の方で動いて救助隊を出すと思います。お任せください」
それで話を切り上げようとする職員。
これで終わってたまるか、と思って零那は息せき切って言った。
「あの! それが……遭難しているの、地下五階より深いところみたいなんです!」
零那の言葉を聞いて、職員は眉間にしわを寄せた。
「つまり……地下六階以下で遭難している?」
「はい。国の救助隊は地下五階までしか出動しないんですよね?」
「そうです」
「じゃあ、私が助けに行くしかないですよね?」
零那は特SSS級で、その実力は職員も知っているはずだった。
職員は迷っている表情で、うーんと考え込む。
「まあ……でも個人情報保護法があるから……」
「いいえ!」
零那はきっぱりと言って、懐からスケッチブックの切れ端を取り出した。
トメが書いてくれたメモだ。
似合わない、かわいらしい丸文字で書いてある。
「個人情報の保護に関する法律、第69条にこうあります! ええと、行政機関の長等は……次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し、又は提供することができる」
零那はほかの勉強はさっぱりできないのだけど、漢字は得意なので法律文書もスラスラ読める。
「で、第四号にこうあります! 〝本人以外の者に提供することが明らかに本人の利益になるとき〟! ね、ね、どう考えてもこれ、遭難した人を助けるためなんだから、明らかに本人の利益になりますよね?」
職員は面食らった表情で、しどろもどろになった。
「あー。えー。まあ、そうだろうね。でもね、僕が言うのもなんだけど、お役所ってそういう手続きに時間がかかったりするんだ……今日は所長が休みだしなあ」
零那はぐっと目力をこめて職員を見つめる。
「お願いします! 時間がないんです!」
零那に見つめられた職員は困ったような顔をして、しばらく迷っている様子だった。
まるで、零那の視線から逃げるように一分間ほどタブレットを睨む職員。
そして。
ついに頷いた。
「うん。わかった。特SSS級の君が言うんだから、なんとかなるかもしれない。君は日本にただ一人の、特SSS級。実は、君に関することはなんでも中央に連絡することになっているんだ。緊急時なら僕でも連絡することになっている。僕はまだ下っ端だから怖いけど、中央にかけあってみるよ」
そして職員は意を決した顔で、守衛所の電話をとった。
かなり緊張しているのか、その手は震えていた。
★
霞が関、中央合同庁舎第4号館の一室で、電話が鳴った。
電話をとるのはダンジョン課長の森島である。
「どうした」
『あの、沼垂ダンジョン監視所の係員、桜井と申します』
「なんだ、係員が直接私に電話してきたのか? 所長はどうした」
『申し訳ございません、本日は課長が休みですが、緊急だったもので。特SSS級の三日月零那さんの件なのです』
「なに!? 三日月さんがどうした」
『それが……』
桜井の説明に森島はすぐに決断を下した。
傍らにあったもう一つの電話機から受話器をとり、内線をかける。
「課長の森島です。橘部長を」
『私です。どうしましたか?』
「実は……」
『よし、許可します。長官と次長には私から言っておきます。その者の情報を三日月さんに渡しなさい。ただし……これは貸しひとつですよ? 今後なにかあったら国の要請には答えてくれるよう、念を押してから情報を渡しなさい」
『はい!』
こうして、零那はヤミ――大平深夜の住所を知ることができたのだった。
「……気が重いけど、ヤッちゃん、あなたのご両親に会ってくるよ……」
そして零那は自転車にまたがった。
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