第67話 ヤミバイト④
彩華さんにステーキをおごってもらったあと。
ほのかに期待していたことはなにもなかったけど、それでも私はこれから彩華さんと私のあいだに『なにか』が始まるのではないかと、ワクワクしながら帰宅した。
お父さんとお母さんが「おかえり」と言ってくれる。
私がただ友達と遊びに行っているだけだと信じて疑ってないようだった。
お風呂に入って寝ようとしたとき、なんだか体調が悪いのを感じた。
頭痛と腹痛、それに吐き気がある。
ああ、始まっちゃったかも、と思った。。
私は生理痛が重い方なので、その時期はいつもつらいのだ。
胸のあたりも痛い気がする。
パジャマを着る前に、ちょっと自分の身体を見てみる。
貧相な身体。
これじゃあ彩華さんもおもしろくないかも、とか思っちゃって、いやなに言っちゃってんの私、彩華さんは女の人で、しかもシスターなんだよ!?
もう、私頭がどうかしちゃったのかな?
それもこれもきっと生理のせい……。
あれ、これ、なに?
私の鎖骨の下らへん、その部分になにか黒いアザのようなものが浮き上がっているのが見えた。
なんだろこれ、どこかでぶつけたかなあ?
今日は日曜日だけど秋分の日だから、明日は振替休日だ。
もちろん、明日も彩華さんと一緒にダンジョンに潜る予定。
うーん、おなかが痛い。
だるい。
吐き気がする。
胸のアザがある部分もチリチリと痛い。
明日のバイトは休もうかな、と思ったけど、でも彩華さんに会いたい。
だから、私は無理してでも行くことにした。
★
「あらぁ? 顔色が悪いわね? 大丈夫? 今日は休む?」
ダンジョンに入ったばかりの地下一階。
彩華さんが私の背中をさすりながらそう言った。
私は彩華さんの手の感触を楽しみながら、
「大丈夫です。ちょっと生理で……。でも、たいしたことないんで大丈夫ですよ」
そのとき、彩華さんの目がキラリと光ったが、私はそれに気が付かなかった。
「そう? じゃあ無理しないでね」
「はい、ありがとうございます」
「……日本の神様は血を穢れだとか言うけれど、私の信仰する精霊はそんなこと言わないの……むしろ……。ね、深夜ちゃん。今日はゆっくり行きましょうね。無理そうだったら今日は終わりにするから」
「はい! 大丈夫です、頑張ります!」
彩華さんは本当にやさしいなあ。
体調は悪いけど、でも彩華さんのためならがんばれちゃう!
そう思ったら、なんだか元気になってきた。
気のせいでもなく、探索を始めたら体調がどんどん回復してきたのだ。
そして、いつものように地下四階にたどりついたときだった。
「深夜ちゃん、ちょっとごめんね、お花摘んできていい?」
「あ、は、はい……」
ダンジョン探索において、排泄というのは、実は重要だ。
特に女性探索者にとって、最も危険な瞬間の一つでもある。
女性ならではなんだけど、やっぱり人に見られながら排泄するってのは恥ずかしいので、パーティメンバーから離れたところで排泄しがち。
そのときは完全な無防備になるし、モンスターに襲われたら対抗するすべがない。
人によってはオムツをつけている人もいると聞くし、信頼しているパーティメンバー同士なら、仲間のそばで排泄する人もいるくらいだ。
「あの……ここでしてもいいですよ、私、見張っていますから……」
「うふふ、馬鹿ね、いやよお、恥ずかしいわよお」
「そ、そうですか……」
ちょっとがっかりしちゃった。
だって、私なら、彩華さんのことを信頼してるから、ちょっとくらい見られても大丈夫だし……。
命の危険まであるのに、私のそばではいやなのかな?
彩華さんは私をそこまで信用してないってことなのかなあ?
いちいちこんなに悩んじゃう自分がバカみたいだとは頭のすみっこでは思っているのだが、でもしょうがない。
悩める女子高生は、少しのことでも気にかかっちゃうのだ。
「それに、ここは地下四階。モンスターに襲われたら深夜ちゃんじゃあどうしようもないじゃない」
「そ、そうですね!」
「私、向こうの角でササッとすませちゃうから。っていうかこの場合危険なのは深夜ちゃんの方。ちょこっと強い防御魔法かけといてあげるわあ」
そう言って、彩華さんはさっと私の手を取った。
身体が硬直して背筋がピンと伸びちゃった。
彩華さんに触れられるのって、好き……。
「Laroyê。 Exu、Exu。 É、Mojubá」
フルートの音のような彩華さんの詠唱。
それが終わると、私の体全体が、なにか硬質な膜で覆われるのがわかった。
「うふふ。これで一時間くらいはどんな攻撃にも耐えられるわあ」
「一時間も……?」
「あはは、一番強い防御魔法はそのくらい効果時間があるってだけ。じゃ、待っててね」
一番強い魔法!
きっと、魔力もすごく使うだろうに、私のためにそんな魔法までかけてくれるなんて!
嬉しい!
私はさっきまでの不満もどっか行ってしまった。
「はい、待ってます!」
そして通路の角の向こう側へと行く彩華さん。
えっと、彩華さん、恥ずかしいとか言ってたから、きっと音を聞かれるのもいやだよね。
彩華さんが嫌がることはひとつもしたくない。
だから、マナーとして耳をふさいどこうっと。
ほんの三分くらいだよね……。
私は彩華さんが姿を消した方に背を向けて、耳を両手でふさいだ。
だけど。
彼女が戻ってくることはなかった。
代わりに現れたのは。




