第66話 ヤミバイト③
結論から言うと、バイトはすっごく楽だった。
土日になると親には友達と遊びに行くと言って家を出て、ダンジョンの入り口で彩華さんと待ち合わせる。
残念だけど、ゴスロリ衣装で探索はできないので、普通の恰好をしていく。
彩華さんは私のために防刃チョッキやブーツを持ってきてくれていて、私はそれを身に着けてからダンジョンに入るのだ。
入り口には一応守衛所みたいなところはあったけど、探索者のライセンスカードをちらっと見せればそれですんだ。
ダンジョンの中に入ると、私は荷物を背負って彩華の後ろをついていくだけでよかった。
「うふふ、ほんとにザルよねえ。ダンジョンへの出入りをもっと厳しくしようって与党議員が言っているみたいだけど、法制化はまだ先みたい」
彩華さんの言葉は私にはさっぱりわからなかった。
「ヨトー? ホーセーカ? よくわかんないです……」
「そお? バイトもいいけど、世の中の勉強も大事よお。ダンジョンって林野庁の管轄なんだけど、林野庁の職員って警察と違って逮捕権も補導権もないし。ライセンスカードの確認しか権限がないのよ。ふふふ、やりたい放題よ。ライセンスカード持ってるってだけで、あなたみたいな高校一年生が楽々ダンジョンに入れるものねえ」
「でも、そのおかげで私、稼げてますから!」
給料はその日のうちに現金で渡してくれた。
一日45000円。
高校生が普通のバイトでは絶対に稼げない額だ。
仕事自体は楽で、荷物運びをするだけ。
彩華さんはすごい人で、なんと地下四階まで楽々到達できた。
途中でいろんなモンスターが出てくるけど、彩華さんにかかれば瞬殺だ。
「彩華さんって、さすがS級ですね! 地下四階にたどり着ける探索者なんて、一握りだって聞いてます」
「うふふ、ほんとはね、私の実力はもっともっと上よお。でもね、あんまり探索者レベルが上がるとお役人に目をつけられて仕事がやりにくくなるから、S級で抑えてるの」
「すごい……」
やさしげに笑いかけてくれる彩華さんを見る私の目は、きっとキラキラ輝いていたと思う。
S級探索者なんて日本に何人もいないのだ。
そのうちの一人と一緒に仕事ができて、しかもお金までいっぱい稼げる!
私はなんてラッキーなんだろう、と心底思っていた。
そんな風に会話しながらダンジョンを進んで、私たちは地下四階にたどり着く。
ダンジョンの壁は不思議な力で発光しているけど、薄暗いことには違いない。
空気はひんやりしている。
でも、どこからか地下水が流れ込んでいるのか、壁はしっとり濡れていて、湿度が高い。
そんなダンジョンの通路を、私は彩華さんの背中を見ながら進んでいく。
「ふふ。ついたわね」
そこは通路の一番奥の突き当たり。
ドアもなく、レアメタルも採れない場所だ。
そもそも地下四階を探索できるほどの実力を持つ探索者は少ないし、レアメタルも採れないとなると、私たち以外、本当に誰も来ない場所だ。
彩華さんは壁に手をつけると、詠唱を始める。
「Laroyê。 Exu、Exu。 É、Mojubá」
すると、彩華さんの手がぽうっと光を帯びて、直後、壁だったものが消え去った。
その向こうにはさらには通路。
「さ、行くわよお」
「魔法ってすごいですね……」
「うふふ。深夜ちゃんも、才能あると思うの。このくらいの魔法、すぐに使えるようになるわよお。そのうち、教えてあげるね」
やった!
S級探索者の人にいろいろ教えてもらえるなんて!
「はい!」
私は嬉しくて、大きな声で返事をする。
彩華さんは柔らかな笑みで、
「ふふふ。深夜ちゃん、ほんとにすごい力を持ってると思うの。私くらいになるとわかるわ。深夜ちゃんと知り合えて、本当によかったわあ。ふふふ、こっちよ、一緒に行きましょう」
通路をさらに進んでいくと、そこは十字路になっていた。
前方も右も左もどん詰まりの突き当り。
まるで、通路で作られた十字架のようだった。
「さ、深夜ちゃん、荷物を出して」
「はい!」
私は背負っていたリュックを下ろし、中からタオルでぐるぐる巻きにされたものを取り出す。
それは私の手で一抱えもある大きさだ。
タオルを取り外すと、今度はプチプチのシートが何重にも巻かれている。
それも取り払うと、中から出てきたのは、ツヤのある壺だった。
その薄緑色の壺は、ダンジョンのかすかな光に照らされて、神秘的な輝きを放っていた。
中には何か液体が入っている。
「これ、けっこう重かったんですけど。なんです?」
「Quartinhaっていうのよ。神様や精霊と通信するのに使う壺なの」
「中になにが入っているんですか?」
「お酒よ。ラム酒。これ、ごめんね、すごく重たかったでしょ? 私、こんなの背負ってたらモンスターと闘えないし、だからあなたに運んでもらったのよお」
彩華さんはその壺を十字路の真ん中にしつらえられた祭壇の上に置く。
ちなみに、この祭壇の材料も、以前の探索で私が運んできたものだ。
それを彩華さんがここで組み立てたのだ。
「さあて、完成! 完璧ね! あ、そうそう、深夜ちゃんってスマホ持ってる?」
「え、あ、はい」
「ちょっと見せてくれる?」
「いいですけど?」
私はリュックのポケットに入れていたyphoneの最新機種、yPhone xsを彩華さんに見せた。
今年の誕生日、お父さんとお母さんが買ってくれた奴だ。
「あら! いいの持ってるわね。ダンジョンの地図アプリは入れてる?」
「あ、はい」
ダンジョン探索には地図アプリは必須だ。
私も無料版だけどちゃんとyphoneにインストールしてある。
彩華さんはすごく嬉しそうににっこり笑って、こう言った。
「そ。じゃあ私が今からいくつか言う地点を登録しておいて。そこは私が結界を張っていて絶対安全な場所なの。セーフポイントってやつね。もし探索中に私とはぐれたら、かならずそこを目指して私の助けを待つのよ……いいわ、私が入れてあげる。yphoneをちょっと貸して」
私は彩華さんを心から信頼していたので、言われるがままyphoneを渡す。
そのとき、彩華さんの手と私の手が触れた。
彩華さんはそのまま私の手をキュッと握った。
「ひぇっ!? なんですか」
「あらあ、ごめん。あんまりかわいいおててだったからつい。ふふふ、ほんと、深夜ちゃんって素敵な子ねえ。ふふふ。食べちゃいたいくらい」
「えー。食べないでください、あはは」
「と、いうより食べさせたいわあ……」
「へ?」
「ふふふ。ね、今日は終わったらご飯おごるわよ。なにがいい?」
私から手を離すと、手慣れた感じでyphoneを操作する彩華さん。
彩華さんの柔らかくてあったかい手の感触がまだ私の手に残っていて、なんだか心地よく痺れている気がした。
ふわふわした気分で、私は言った。
「ステーキがいいです……」
私の親は、肉より野菜が好きなので、私も普段あんまりお肉を食べてない。
15歳の肉体なんて脂質とタンパク質でできているわけで、私はいつでもタンパク質を求めていたのだった。
「ふふふ、いいわよお。じゃ、ステーキブランコにでも行きましょう」
yphoneを私に返しながら、彩華さんは修道服姿には似合わない、色っぽくて妖艶な笑みで、
「私、深夜ちゃんにいろいろ教えてあげたいこともあるし」
と言うのだった。
その大人っぽい雰囲気に、私はうっとりしてしまって、もうどうなってもいいと思ってしまった。
そして。
その夜のことだった。




