第5話 山伏女、出動!
零那はアパートのドアを勢いよく開ける。
部屋で勉強していた羽衣が顔をあげて驚いた表情を見せた。
「お姉ちゃん!? どうしたの、まだ五時だよ?」
「ちょっとダンジョン行ってくる! 着替えある?」
「着替え? え? 着替えって? ダンジョン? どういうこと?」
「篠懸! 括袴に結袈裟!」
「一応、あるけど……」
篠懸とは山伏が山に入る時に着る、真っ白な法衣のことだ。
括袴とは足首のところをくくっている袴、結袈裟とは簡略化された袈裟でボンボンみたいな梵天がついている。
「錫杖と法螺貝は?」
「それもある……」
「何でも持ってきているのね、さすが羽衣」
「いや、こっちでも修行することあるかなあって」
「OK、OK! じゃあこれ着て行くよ。あと足袋!」
慣れた手つきで法衣を着る零那。
「お姉ちゃん、やめてよ、それで外に行く気!? 恥ずかしいよ、職質されるよ」
「十万円なのよ! これだけあれば学費の足しになるし、フルスペックの爆裂機も打てる!」
★
夕方の新潟市内を、すらりとした長身の女性が、山伏姿で自転車を走らせていく。
背中には錫杖を背負い、首から法螺貝を下げている。
黒髪の長いポニーテールが夕日に照らされながら風で踊っていた。
道行く人々がみな目を見開いて二度見する。
「コスプレ?」
「あれなんのアニメのコスプレ?」
「コスプレのイベントなんてこの辺にあったっけ」
「公道でコスプレするなんてコスプレイヤーの掟に反してるわ!」
皆、コスプレだと思い込んでいるようだった。
そりゃそうだ、うら若き女性が、山伏の恰好をして法螺貝を首にぶら下げ、錫杖——金属でできた杖だ――を背中に背負って自転車で走っているのだ。
どこからどう見てもどうかしてる。
零那が飛び込んだモクドナルドの女性店員も、
「いらっしゃ……ひえっ」
悲鳴を上げている。
それを気にもせず、零那は叫んだ。
「ウービーイーツでーす! 854※※番の注文です!」
いきなり山伏姿の女性がウービーイーツですなどと名乗ってきたのだ、ほかの店員や客の目も釘付けだ。
「え、えーと、854※※番ですね……こちらです……」
ラッキーセットの袋を渡してくる女性店員、零那はそれを受け取り、
「あざーす!」
と言って風のように店を出て行った。
★
モクドナルド新潟万代店から飛び出す。
自転車にセットしたスマホのナビが、配達先を表示した。
あとはそれに従って配達するだけだ。
それだけで十万円!
零那の脳内ではキュイーン! というパチンコの大当たり確定音が鳴り響いていた。
魚群が舞い踊り、エビが三匹並び、水着姿の少女がピースをしている姿。
それを思い浮かべると思わずニヤニヤしてしまう。
ペダルをこぐ足も軽い。
数分で目的地についた。
そこは住宅地の真ん中にあった。
厳重な柵で囲まれていて、入口には守衛所。
林野庁と書かれた作業着を着た数人の守衛。
『守ろう! ダンジョン資源!』
と書かれたポスターが貼ってある。
「こんにちはー! ウービーイーツでーす! 通りまーす!」
「いやいやこらこら駄目だよ通っちゃ! ここはダンジョンの入り口なんだよ! ウービーイーツってどういうことだよ!」
若い男性の職員が身体をはって零那の自転車の前に立ちはだかる。
「いやだって、注文を受けたので……配達したいんですけど」
「ちょっと待って。聞きたいことがありすぎる。まずその恰好なに?」
「山伏です」
「……警察呼ぼうか? それとも、行きつけの病院とかある?」
職員は困惑の表情。
零那も零那で十万円に目がくらんで混乱状態だ。
「え、初めてでわかんないですけど、このダンジョンの中だと思うんですけど……」
「ダンジョンの中に病院はないよ!」
「いや違くて、配達先がダンジョンで……」
「そんなことあるわけないでしょ! いたずらかなにかじゃないの? あのねー、そもそもね、ダンジョン探索にはライセンスが必要なんだよ? 君、持ってないよね?」
「えーと……」
そういえば、羽衣が保管していたライセンスカードは財布に入れてある。
それを取り出して見せた。
職員はそれを一瞥すると馬鹿にするように鼻で笑った。
「特SSS級? あのねー、偽物ならもっとそれらしく作らないと。これは警察呼ぶしかないね。ライセンスカードの偽造は罰があるんだよ」
「え、でもそれ、お役所のおじさんにもらった本物……の、はずなんですけど」
まさか、羽衣が嘘をつくわけがないし。
絶対本物のはずだ。
だけど、職員は零那を見下した笑みを浮かべて言う。
「本物なわけないよ。新潟県内で登録されてる探索者の中でS級は一人、A級だって十人くらいしかいないんだから。特SSS級だって? はは、こんなんじゃ子供でも騙されないよ」
あーもう、十万円が早くほしいのに!
零那はちょっと大き目な声で言い返した。
「絶対本物です! 調べてください!」
職員は「はあーーっ」とどでかいため息をつくと、腰にぶら下げていた機器にカードをかざす。
「このカードにはICチップが埋め込まれていてね、こうやってすぐに判別が……」
ピコン。
音が鳴って、機器に文字が映し出される。
「認証されました」
職員はその文字を凝視し、次にカードに貼られた写真を見、顔を上げて山伏女の顔と見比べて、また機器に表示された文字を見た。
「山伏……女……特SSS級……登録住所が山形県……? まさか!?」
そして、守衛所の方を向いて叫んだ。
「係長! 係長! ちょっと来てください!」




