第45話 裏側
零那はスケッチブックを開く。
そして、幽霊少女、ヤミを見た。
目が合うと、ニコッと笑うヤミ。
うーん、かわいらしい顔をしているわね。
手の込んだ編み込みのツインテール、大きい目に小さな鼻、唇は少し薄くて、まさに薄幸の美人、って感じだ。
まあ死んでいるんだから薄幸には違いないけど……。
黒を基調としたゴスロリ衣装も似合っていて、正直、部屋に飾っておきたいほどだ。
「じゃあ描くわよ」
零那と同時に、虹子と羽衣もさらさらと鉛筆を走らせ始める。
〈れいなちゃんの絵楽しみ〉
〈ニジーも絵に自信ネキみたいだしな〉
〈いや、ういちゃんが一番うまいと予想〉
〈みんなで見比べられるように、インサタとZにアップされてるゴスロリ自撮りを自動収集するプログラム組んでる〉
「助かるわ」
★
そして三十分がたった。
ヤミはモデルをやるのに飽きたのか、今はもう地面にぺったりと座り込んであくびなどしている。
幽霊でも眠くなるんだろうか?
「さあて! みんなできたぁ?」
虹子の言葉に零那と羽衣はうなずく。
「じゃ、ひとりずつ見せてもらいましょう! だれから行く? お姉さまは?」
「うん、うまくかけたと思うわよ」
「どれどれ……うっ!」
零那の描いた絵。
それはとても、……微妙だった。
鉛筆で描かれたサイドポニーのゴスロリ少女。
それはそうなのだが……。
「悪くない……けど……」
虹子も顔をしかめる。
〈うーん、下手ではない……けどなんか人を不安にさせる絵柄だな〉
〈左右の目の高さが絶妙にずれてる〉
〈あれだ、技術はあるんだけどセンスがないというか〉
ヤミもその絵をちらっと覗き込む。
「……えー。まあ、下手じゃないけど……。私、こんな顔してるかなあ? もう少しこう、かわいげがあるはずだけど……。いや、下手じゃないけど」
零那はがっくりと肩を落とした。
幽霊にまで気を遣わせてる……。
自分の絵とヤミを見比べると……。
まあ悪くないけど、似顔絵としてはたしかにちょっと……。
これで同定は難しいだろう。
「うーん、もっとうまく描けると思ったんだけどなあ……。じゃあ、次は虹子さん見せてよ」
「うん! まあまかせて! 私はプロ級だよ!」
その虹子の人物画は、確かにプロ級だった。
見事なものであった。
〈うまい〉
〈まじか〉
〈ニジーってこんなに絵がうまかったの!?〉
「ふふーん」
得意げな顔をしている虹子。
確かに、その絵は見事なものであった。
完全にプロ級であった。
いますぐに少女漫画誌で連載を持てるほどの画力だった。
だけど。
「でも虹子さん、これって……似顔絵じゃないですよね……?」
羽衣がおずおずと言う。
そう、完全に幼女向け少女漫画の絵柄であった。
うまいのだけれど、どう見ても記号化された女の子。
「えー? いいじゃん、うまく描けたと思うけど」
「いや、うまく描けてますけど、絵柄が……。このイラストをもとにして人を探せと言われても……」
零那も呆れて言う。
「いや、これ漫画のキャラじゃん。そんなに特徴とらえてないし……。上手なんだけど、なんか方向性が違うというか……」
ちなみに、幽霊少女ヤミはその絵を見て、
「きゃー! かわいい! 私、この絵好き!」
などと言っている。
「うーん、私のも駄目かー。じゃ、最後の希望は羽衣ちゃんの絵だね!」
虹子はそう言って、羽衣の持っているスケッチブックを受け取ると、それを開いた。
「これは……! 羽衣、あんたって……」
零那は驚いて声を上げた。
羽衣の描いた絵は、すばらしいものだった。
「おお……わが妹ながら……うまい」
人物のデッサン、という枠にはとてもじゃないがあてはまらないレベルだった。
微細な鉛筆のタッチ、立体感があってまさにリアルそのものだった。
ただリアルなだけではない。
丁寧に描かれたその絵は、どこかもの悲しげな、それでいてとても気味の悪い印象を与えてくる。
見ているだけで零那の肌がぞわぞわっと粟立つ。
虹子もその絵を見て、自分の肩を抱いた。
「なにこれ……すごい……まるで絵じゃなくてここに実際にいるみたい……」
〈やばい、うまい〉
〈妹ちゃんすげえ! プロ並みの絵だ〉
〈ってか俺等には見えてないけど、これがみんなには見えてるってこと?〉
幽霊少女、ヤミも興味津々なようすでその絵を覗き込む。
そして叫んだ。
「キャーーーーーーーーーーーッ!!」
そこに描いてあったのは……。
「なにこれ! 私じゃないじゃない! これ、これ……虫? カブトムシ? しかも裏から見たカブトムシ! キモイキモイキモイ無理無理無理無理ヤバいヤバいヤバい無理無理!」
羽衣は自分の描いた絵とヤミを見比べる。
「え? けっこう上手く描けたと思うんだけど……それなりにそっくりだし」
「そっくりじゃないよ! 私カブトムシじゃないし! しかもオスだし! 私はメスだから!」
すかさず虹子が突っ込む。
「メスってそんな言葉つかうもんじゃありません」
零那は絵をじっくりと見る。
マジでどっからどう見てもカブトムシ(裏)である。
キモすぎて鳥肌が立つ。
「よりによってなんで裏側なのよ……羽衣、これ、どういうこと?」
「どういうこともなにも……ヤミちゃんの似顔絵だけど」
〈うっそだろ〉
〈え、もしかしてこれ人間の顔を描いたつもりなの?〉
〈妹ちゃんってもしかして脳のどこかがアレしちゃってる系?〉
「いやいやもう、羽衣ちゃんったら。絵がうまいのはわかったから、ちゃんとこの子を描いて!」
虹子が言うと、羽衣はキョトンとした顔で、
「え。だから、ちゃんと描きましたけど」
「……もしかして、本気で言ってる?」
「はい。それなりにうまく描けてると思います。あ、でも顎のあたりとかもっとうまく描けたかな」
ヤミが地面をだんだんと踏み鳴らした。
「顎! アゴ!? ど、どこがアゴなの、このカブトムシのどこがアゴなの!?」
「ほらここ」
「そこは腹! カブトムシの腹! じゃ、じゃあこの、このトゲトゲの足は!?」
「あ、これだけじゃちょっとさみしいと思って猫ちゃんのヒゲを書き足してみたんです。いいでしょ、かわいいでしょ?」
零那と虹子、ヤミの三人は黙って顔を見合わせた。
虹子がyPhoneを取り出し、自分の好きな女優を画面に表示させた。
「ね、これ見て描ける?」
「描けますよ」
そう言って羽衣がさらさらと鉛筆を滑らす。
出来上がった絵は、女優そっくりの見事な肖像画だった。
「……ねえ、お姉さま。羽衣ちゃんって心に闇を抱えてる? もしくは病み。小さい頃に頭を打ったとか」
「ないと思うけど……。姉としても、これはショックだわ……。一度お医者の先生に見てもらったほうがいいかも……。いやちょっと待って……。こういうのって……ん? あれ? 羽衣、あんたやっぱり……」
その時、零那はあることに気がついていた。
なるほど、と思った。
まったく、羽衣はまだまだ修行不足だからなあ。
そして首にかけていた法螺貝を口に当てると、思い切り吹いた。
突然の轟音に驚いた虹子が言った。
「な、なに急にどうしたのお姉さま?」
「妖怪よ。近くにいるはず」




