第44話 必ず煉獄へ
「なによ、どうなってんの!?」
いっこうにつららへの攻撃を始めないトメにいら立ったような声を出して、藍里は長剣を振りかぶる。
「いいわ、私だけで片づける! 美船流奥義! 月霞!」
藍里は大きな円を描くように長剣を振る。
その軌跡は真円。
まさに満月のようであった。
月のように妖しく輝く光とともに真円はどんどん広がり、藍里の周り数メートルを剣の軌跡が囲む。
「お姉さん、助けて……」
いつかと同じように、ぽろぽろと氷の涙をこぼすつらら。
庇護欲を掻き立てるその泣き顔を見て、トメの胸がぎゅっと痛くなった。
「行くわよ!」
藍里が床を蹴るのと、
「待て!」
トメがスティック型サイクロン掃除機を抱えて二人の間に割って入ったのは同時だった。
ガキィン! という大きな音が響く。
藍里の長剣とトメの掃除機がぶつかり合う。
そのままつばぜり合いのようになってトメと藍里はにらみ合う。
「なによ、どういうこと!?」
「待て、この子は違うんだ……」
「違わないわよ! 私の目の前で相方もふっとばされたし、そこの二人も騙されて殺されてるのよ!」
「いや、この子は人間には危害を加えないはず……」
そのときだった。
ビュウ、という風音とともに、藍里の左腕が凍り付いた。
つららのブレス攻撃だった。
つららが、屈託のない笑顔でそこにいた。
「つらら! お前……!」
「えへへ。お姉さん、言ったよね? 探索者には出会わないようにしろって。つららは弱いからやられちゃうって。でも、つらら、強くなったよ。だからもう、探索者を……襲ってもいいんだよね?」
「バカッ! そういう意味じゃない」
「ん? でも、お姉さんは探索者に会うなとは言ったけど、探索者を殺すなとは言ってなかったよね?」
それはつららが探索者よりもはるかに弱いと思ったからで――。
凍り付いた藍里の左腕が、キラキラと輝きながら粒となって砕け散り始めた。
「…………!」
藍里が膝をつく。
「えへへ! この人もやっつけた! ねえ、お姉さん。私とお姉さんはいいパートナーになれるよ。私と一緒に、モンスターも人間も殺しまくっていつかはこのダンジョンのマスターになろうよ!」
つららは追撃のブレスのために、すぅぅぅ、と大きく息を吸いこむ。
間違いだった。
モンスターと仲良くなれるなんて思ったのが間違いだった。
つららがその小さな口から、膝をつく藍里に向かって、凍てつく吹雪のブレスを吐く。
トメは掃除機のスイッチを入れる。
転がる二つの男の死体。
もしあのとき、トメがこの雪女に初めて出会ったときに殺していれば、この二人の男は死なずにすんだのだ。
自分が殺したのと同じだ、とトメは思った。
なんてことを!
つららのブレス攻撃を、トメの掃除機が吸い込んでいく。
「え? お姉さん、なんで?」
不思議そうな顔をするつらら。
人殺しのモンスター。
かわいい弟子。
「くそ、くそ、くそ!」
トメは腰に差した短剣を引き抜き、つららに向かって駆け出す。
「お姉さん、待って、つらら、悪いことした? そしたら謝るから――もうしないから――」
その顔を見ると、トメの手と足が止まりそうになるが、でも、でも。
「つらら、…………!」
トメは何かを言おうと思ったが、なにも言葉が思いつかない。
そして、短剣を振り抜いた。
つららの小さな首が、胴体から離れて落ちる。
その銀色の瞳はトメを見つめたままで。
トメは自分の心臓がギュギュと締め付けられるように痛むのを感じながら。
掃除機のノズルをその頭部に向けた。
「つららぁっ!」
ギュオオオンッ!
大きな音をたてて、掃除機が作動するのと同時に、つららの頭部は細かい結晶となって砕け散り、ノズルに吸い込まれていった。
友達ができたと思ったのに。
弟子ができたと思ったのに!
人間とモンスターの架け橋になれるかもなんて夢を見ていたのに!
「…………くそっ!」
ダンッ! と床を叩いて叫ぶトメ。
「……いったい、なんだったのよ……」
片腕を失った藍里が呟く。
「ねえ、掃除機のあなた。モンスターをかばったの? でも倒したの? いったいなにがどうなってるのよ!?」
「うるさい! 知るか!」
トメは大声を出すと、そのまま逃げるようにその場から走り去った。
逃げるように、ではない。
逃げたのだ。
自分の行動が人間を死に追いやったことから。
友達と思い、弟子と思った少女を自分の手にかけたことから。
走って走って走って逃げた。
くそ、くそ、くそ!
私はなんてことを!
人殺しの友だち殺しじゃないか!
なんてやらかしをしてしまったんだ!
後日。
トメはあのポニーテールの探索者がそこそこ有名なダンジョン配信者だということを知った。
片腕を失った彼女は、そのまま探索者を引退したそうだ。
トメが受け止めたほうの女性はダンジョン配信者として探索者を続け、二年後にはトメと同じS級となった。
今も彼女の配信は逐一チェックしている。
いつか、謝りたいと思いつつ、そのチャンスは今もめぐってきていない。
つららを吸い込んだ掃除機はもう使う気が起きず、別の機種に変えた。
そして今がある。
トメは思う。
あの幽霊少女だって危険だ。
いつか虹子やほかの探索者を危険にさらすかもしれない。
だから、この私が。
必ず、煉獄へ送ってやる。




