第43話 どっちが犯人?
そのとき、山田トメはその日の探索を終え、地上へと向かっていた。
首尾よくレアメタルを掘りあてられたので、機嫌がいい。
「これだけあれば4万円くらいになるな。ふふふ、今日の夕食は何を食べようか」
鼻歌交じりで、地下一階へ上る階段へとたどりついた。
S級探索者であるトメにとっては、浅い階層のモンスターごとき、まったく敵にならない。
だから、かなりリラックスした気持ちで階段を上ろうとしたときだった。
階段の上から、何かが降ってきた。
避けようとして、すぐに気が付いた。
それは、人間の身体だった。
よけるべきか、受け止めるべきか、一瞬迷う。
「ちっ!」
ただの死体をモンスターが放り投げただけかもしれない、だとしたら罠かも?
そうは思ったが、生きている人間だったら?
トメはすぐに決断を下した。
ニンジャとしての身体能力を存分に発揮し、降ってきた人間の身体を受け止める。
「おっとっと……」
さすがにフラついてしまうが、なんとか抱きとめることができた。
そっと床に横たわらせる。
「ふん、罠じゃなかったようだな。おい、大丈夫か? 生きてるか?」
それは若い女性だった。
明るい色のショートボブ、両手には拳銃を握っている。
死んではいないが、気を失っているようだった。
「私がいなかったら頭ぶつけて死んでいたぞ……こんな浅い階層で死にかけるなんて、初心者か? 上にモンスターがいるのか?」
トメはスティック型掃除機を持ち、階段を駆け上がる。
そこで見たのは――。
まず、二人の男の死体。
一人は頭を切り取られている。
もう一人は胸に大きな穴が開いていた。
さらに。
長剣を振りかぶる長いポニーテールの女性探索者、それと対峙しているのは――。
「つらら!?」
思わず叫んだ。
白い着物に白い肌の少女。
間違いない、つららだった。
つららと女性探索者はピタリと動きを止め、こちらを見る。
探索者はほっとした表情をして言った。
「探索者ね! 助かったわ! こいつ、なかなか強い……! 突然で悪いけど、加勢をお願いするわ!」
つららも助けを求めるようにトメに言う。
「お姉さん! この人が! この人が私たちを裏切って……!」
もちろん、探索者は人間で、つららはモンスターだ。
どちらの言うことを信用するかなど、考える間でもないはずだった。
だが、トメはこの三か月、つららに訓練を施してきていた。
それなりに心が通じ合っているのでは、と思える瞬間もあった。
対して、この女性探索者は、トメにとって『知らない人』だった。
「な……なにをしてるんだ?」
トメが聞くと、女性探索者は長剣をつららに向けたまま言う。
「見ればわかるでしょ!? モンスターと闘ってるの。私の仲間が一人、階段に落とされた……」
「そいつは私が受け止めておいた。生きていたぞ」
「よかった……。とにかく、こいつを倒さなきゃ。手助けお願いするわ!」
「いや、手助けったって……そいつは……」
「なに? なにを言ってるの?」
迷いを見せるトメを見て、困惑した表情で探索者が言う。
「そこの二人、こいつに殺されたのよ!」
と、そこにつららが割り込んで叫んだ。
「違う違う! そこのお兄さんたち、私がゴブリンに襲われているところを助けてくれたの! だから階段まで案内してあげたんだけど……。この女の人がお兄さんたちが持っていたレアメタルを狙って襲ってきたの! この人に殺されたんだよ! こっちの人は剣で首を刎ねられて、こっちの人はもう一人に銃で胸を打たれたの!」
トメはスティック型掃除機を手に、つららと探索者を交互に見る。
そして転がっている男たちの死体を見た。
一人は鋭利な刃物で首を切られている、ように見える。
探索者が顎をしゃくって言う。
「見なさい! あの頭部は凍っているでしょ……あれ?」
確かに生首が床に転がっているが、それは特に凍っているようには見えない。
ただ、首の周りの床が濡れていて、もともと凍っていた首が解凍された、ようにも見えなくはない。
ただ断言はできない。
もう一人の方は胸に大きな穴が開いている。
魔法のかかった銃で撃たれればこういう風になるのかもしれないが……。
「……? なに迷っているの! 私が人を殺すわけないでしょう! こいつはモンスターよ! 氷の槍でその人の胸を貫いたの! 迷うことないわよね? 早く、こいつを殺すわよ!」
女性探索者が叫ぶ。
……殺す?
つららを、殺す?
「お姉さん! こいつ、悪い人だよ! 強盗だよ!」
つららが必死の形相で言う。
たしかに、ダンジョン探索者の中にはロクでもないのがいないわけではない。
ソロの女性探索者を狙って集団で待ち構えている半グレみたいのもいることはいる。
一方は人間、もう一方はモンスターだが弟子でもあるつらら。
どっちを、どっちを信じたらいいんだろう?




