第42話 愛くるしさいっぱいの笑顔
「あのねあのね、私ね」
女の子の声が聞こえてくる。
「悪いモンスターじゃないよ。言った通り、階段まで案内したでしょ?」
男の野太い声も聞こえてきた。
「おお、そうだな。俺たち、今日が初めての探索だったんだ。まさか地下二階への階段までたどり着けるとは……。君のおかげだよ」
「だって、お兄さんたちがゴブリンに襲われている私を助けてくれたんだもん! お礼はしなきゃだよ!」
「そうかそうか、君みたいなかわいいモンスターばかりだといいんだがな」
「えへへ! 私、いいモンスターだもん! 助けてくれた人にはお返しするよ!」
「そうかそうか、いい子だな。なあ、ヒトシさ、今日このまま地下二階に行ってみないか?」
男がもう一人の男に話しかけているようだ。
「カジヤマさん、まじで言ってるんですか? 俺たちまだ初心者のE級ですよ。今日はここまでにしときましょうよ」
ヒトシと呼ばれた男がおびえた声でそう言う。
「いや、ちょっと覗いてみるだけだって。なあ、少しだけだから」
「うーん。じゃあ、ちょっと地下二階に降りてみて、それで帰りましょう」
虹子はドアから耳を離して藍里に聞いた。
「なんか、モンスターが案内とか言ってますけど……。そんなこと、あるんですか?」
「聞いたことないわね。でも、絶対ないとは言い切れない、とは思うわ……」
「どうします?」
「いずれにしても、ほかの探索者と出会うのは避けときたいわね。女性と見るとなめてかかってきたり、よからぬことを考える探索者ってのも、ごくまれにいるのよ。ダンジョンの中じゃ、スキルの勝負だから男も女もないってのにね」
「藍里先輩はA級ですもんね! すごいです」
「ま、彼ら、地下二階にちょっと行ってすぐ戻ってくるみたいだから、私たちはあっちの部屋に入ってやりすごしましょう」
二人がドアから離れようとした時だった。
「うわぁぁぁぁっ!」
男の絶叫が聞こえてきた。
ダンジョン探索において危険な瞬間。
曲がり角を通るとき、ドアを開けるとき。
そしてもう一つあるのだ。
それは、階段を降りるとき。
そもそも不安定な場所である。
その上、階段は苔むしていてすべりやすい部分もあり、ついつい注意が足元に向いてしまう。
モンスターにとって、絶好の『狩り』の瞬間なのだ。
「や、やめろぉぉ~~! おい、おい、ヒトシ! おい! うわ、やめ、やめてくれぇ!」
カジヤマの悲鳴。
「藍里先輩、助けに行きましょう!」
「もちろんよ!」
虹子がドアを開け、藍里が部屋に飛び込む。
まず目に入ったのは、転がっている真っ白なボールだった。
ちょうどボーリングの球と同じくらいの大きさ。
もちろん、それはボールなどではない。
人の頭部だった。
それも真っ白に凍り付き、氷に覆われた人間の頭。
階段の途中に、その頭部を失った身体が倒れている。
首の切り口も凍り付いていて、血液はほとんど出ていない。
ただ、凍っているのは頭だけで、身体の方は生身のままだ。
傍らには十歳くらいに見える、白い着物を着た少女。
さらに、部屋の壁に背中をつけてへたりこみ、ブルブル震える手で剣を構えている25歳くらいの男。
着物を着た少女は転がっている頭部をひょい、と拾う。
そして、小さく真っ白な舌を出してペロリと舐めた。
「えへへ。おいしー!」
かわいらしい笑顔でそう言うと、部屋に入ってきた藍里たちを見て言った。
「……ね、お姉さんたち、この人の仲間?」
その喋り方はあまりに自然だった。
虹子も、本当に人間の女の子が話しているんじゃないかと一瞬思ってしまったほどだった。
だが藍里は返答などせずに、
「カメラストップ!」
と叫んで長剣を抜いた。
音声認識でドローンが配信を止める。
人が一人、死んでいるのだ。
その遺体を全世界配信するわけにはいかない。
いや、そういうグロ配信で視聴者を集めている悪質な配信者も世の中にはいるのだが、藍里はそういうタイプではまったくないのだ。
そういう良識のあるところも、虹子がファンになった理由の一つだった。
「せ、先輩……?」
「虹子、銃を構えなさい。多分、氷系のモンスターだわ。あんたの銃なら、当たれば倒せる」
「で、でも……女の子ですよ?」
「なに言ってるのよ! 人の生首なめておいしいとか抜かすやつはたとえ人間でも倒さなきゃでしょ! ……迷ってると死ぬわよ。早く!」
少女は持っていたヒトシの頭部をぽいと床に捨てる。
白い髪、白い肌、白い着物。
虹子たちを見るその瞳は銀色で、ダンジョンの壁が放つかすかな光を強く反射していた。
なんてかわいらしい子なの、と虹子は思った。
少女はにっこりと愛くるしさいっぱいの笑顔を見せる。
そして、すーっと息を吸いこんだ。
「氷のブレスが来るわよ! 私は突っ込む! あんたは撃ちなさい!」




