第40話 初配信
参ったな、と虹子は思った。
予想以上に身体がうまく動かない。
ただ歩いているだけなのに、足が自分のものじゃないように感じて、どこかギクシャクとした歩き方になってしまう。
「ははは、虹子、そんなに緊張しなくていいわよ」
長い髪の毛をポニーテールにまとめた女性が虹子に言った。
彼女は剣を腰に佩き、左手には金属製の小手をはめている。
美船藍里。
それが女性の名前だった。
虹子が中学生のころから憧れていた、A級ダンジョン配信者だ。
「私は近接戦闘専門だから。虹子が遠距離から援護してくれると助かるの。……と言っても、今日は虹子の初陣だものね。練習がてら、地下二階をぶらっと探索するわよ」
「は、はい……藍里先輩」
虹子は震える声で答える。
のちのS級探索者も、今はまだ18歳になったばかり。
地下一階で教官に伴われて魔導銃の練習はしていたものの、モンスターとの実戦は未経験だった。
ライセンスはもちろんE級だ。
虹子はちらっと近くを飛んでいるドローンを見る。
初陣だからというだけではない、あれのせいでさらに身体がこわばってしまう。
「あれ、配信しているんですよね……」
「うん、そうよ。私はこれで食べてるんだもの。あなたも私みたいになりたいんでしょ?」
「はい、そうです!」
「そうよね、まさか常連ファンだったあなたが私の弟子になりたいだなんて……。ふふふ、ちょっと嬉しかったけど。虹子、あなたもカメラの前で戦うのに慣れなさい」
「はい!」
そして二人はダンジョンを進んでいく。
〈頼むぞ、いい戦いを見せてくれよ〉
〈グロ死が見たくて配信見てるんだ、期待に答えてくれや〉
〈藍里お姉さま今日もかっこいい!〉
〈お姉さま!〉
〈美人が死ぬとこ見てみたいんだよな〉
〈お前が死ね〉
コメント欄が荒れているのを放置しているのは藍里の配信の特徴だった。
虹子が中学生だったころ、いつもこういういやがらせみたいなコメントを叩いてレスバしていたものだ。
レスバに夢中になっていると脳みそがカッカッと熱くなって多幸感に襲われるのが虹子の悪いところであった。
その反省から、のちに自分の配信では読み上げをちゃんとした常連ファンに限定しているのだったが。
配信者側となった今は、コメント欄と軽々にレスバするわけにもいかない。
虹子は一部のコメントを不快に思いながらも黙って藍里の後ろをついていく。
さらにその後方からドローンがついてくる。
やっぱり、気になる。
カメラでずっと撮られ続けるってのは、初心者配信者である虹子にとって、やはり集中力を削がれることなのだった。
ドローンは頭上から虹子たちを撮っている。
気になって上を見上げた。
そのとき、初めて気づいた。
全長3メートルを超えるほどの大きさの軟体動物が天井に貼り付きながら、人間の死体の一部を貪り食っていたのだ。
ぬらぬらとぬめりに覆われた身体、頭から突き出た角のようなもの、それは巨大なナメクジだった。




