第39話 ファントムスイーパーの苦悩③
地下二階。
なんということはないモンスターだった。
ゴブリンメイジと呼ばれる、魔法攻撃を仕掛けてくるゴブリン。
と言ってもたいした魔法は使ってこない。
地下五階に出現するゴブリンウィザードなどに比べれば、魔法使いとしては初級レベルだ。
むろん、S級探索者であるトメにとって、なんら脅威になる敵ではなかった。
背中に担いだサイクロン式クリーナー(このときはまだ目立製品ではない)で、ゴブリンメイジごときの魔法はすべて吸い込んで無効化することができる。
5匹ほどの群れだったが、そいつらの魔法を吸い込み、短刀で切り刻む。
最後の1匹を壁際に追い詰めた時だった。
もう一匹、背後にモンスターの気配を感じた。
「ふん、仲間を呼んだか? だが幻影の掃除人の手にかかれば――」
だが。
そこにいたのは、白い着物をまとった、一人の女の子だった。
「は? お前……」
トメが口を開くのと同時に、その女の子は両手を前に突き出した。
「えーーい!」
女の子が叫ぶのと同時に、その手からこぶし大の氷の粒が発射された。
「グゲッ!」
ゴブリンメイジは、持っていた杖でなんなくその氷の粒を叩き落す。
「……あれ?」
女の子――つららが首をかしげる。
そのつららに向けて、ゴブリンメイジが魔法を唱えようとしたその瞬間、ゴブリンメイジはトメの短刀によって首を落とされた。
噴き出す血、絶命したゴブリンメイジの身体が床に転がる。
「……つらら、か?」
「うん! こないだ、助けてもらったから! お返ししようと思って!」
「馬鹿なことを……。私にとってこいつらはザコだが、お前よりは格上だ。そんなことをしているとすぐに死ぬぞ。……いや、モンスターなんだから、お前が死のうがなにしようが私には関係ないが」
「私、修行してるもん! がんばってるもん!」
ほおをプクッと膨らませるつらら、その表情がトメのまだ幼い妹そっくりで、トメは毒気を抜かれてしまった。
「修行か……モンスターでも修行なんてするのか?」
「うん! 頑張って練習すればもっと強くなれると思うんだ!」
屈託のない表情でそう言うつらら。
トメはハァ、とため息をついて、
「私がこのあいだ言ったことを覚えているか? この辺りは探索者が通る。向こう側でレアメタルが掘れる場所があるからな。もうこの辺には来るな」
「でもでも、お姉さんがいれば大丈夫でしょ?」
「……私もお前を殺すかもしれないぞ。私は人間で、お前はモンスターだ」
「だいじょうぶだよー! お姉さん、そんな目で私を見てないもん! えへへ」
つららはトメの袖を握って笑う。
「ね、お姉さんは真っ黒な衣装だね! 私と逆だ!」
「私はニンジャだからな」
「ニンジャはそういう恰好するの? ほかの探索者の人とは違うね!」
「探索者と会ったことがあるのか……? 危険だから近寄るなよ。お前ごとき、すぐに殺されるぞ。私がこういう恰好をしているのは……カッコいいからだ」
「わかる! カッコいい!」
やっと理解者が現れた、と思ってトメは少しうれしく思った。
ニンジャの技を使うからと言ってほんとにニンジャの恰好をする探索者は稀なのだ。
「ね、お姉さん、名前は?」
「幻影の掃除人だ」
「それは自分でつけたあだ名でしょ? 本名は?」
「朱雀院彩華だ」
「うそ!」
「なぜ嘘だとわかる?」
「絶対そんな派手な名前じゃないでしょ。ほんとは?」
「……トメだ」
「へー! じゃあ末っ子さんなんだね!」
「……る」
「え?」
「……がいる」
「なんて?」
「お前と同じくらいの、妹がいる……ちなみに名前は末子だ」
「ぷはっはっはっは!」
無邪気に笑うつらら。
その笑顔は、人間となんらかわらないようにトメには見えた。
「ねえ、トメお姉さん」
「幻影の掃除人と呼べ」
「あのね、あのね、私、もっと強くなりたいの! そんでそんで、トメお姉さんの力になりたいの! だから、ね、技の練習の、手伝いをしてくれないかなあ?」
「なんだ、コーチしてくれということか?」
「そういうこと!」
トメは少し迷った。
こいつはモンスターだ。
こんなやつとこうして会話していること自体が人間としては許されざることなのかもしれない。
だが。
世界には、非常に稀だが、モンスターと良好な関係を結べた例も、ほんの数件ある。
この子と私も、その非常に稀な例のひとつに、なれるんじゃないだろうか?
それに、少なくとも今は、この雪女の幼体はとても弱い。
人間の脅威になるとも思えない……。
だから。
「少しだけだぞ。お前のあの氷を出す特殊攻撃、魔法みたいなものだろう? 私は魔法が不得手だが、知識くらいは持っている。少しだけなら教えてやれると思う」
そして、トメはダンジョンに潜るたび、つららに戦闘のコツを教えるようになっていった。
それが三か月も続いたある日だった。
トメとは別の初心者探索者が、先輩に連れられて沼垂ダンジョンへと初探索に出向いてきたのだった。
初心者探索者は、まだ一度も実戦で使ったことのない魔導銃を腰にぶら下げ、先輩の背中を見ながら、緊張した顔でダンジョンの入口へと足を踏み入れた。




