第37話 ファントムスイーパーの苦悩①
その頃。
山田トメは、同じダンジョンの地下五階で戦っていた。
相手は、いかつい甲冑に身を包んだサムライだった。
ただし、ただのサムライというわけではない。
亡霊武士と呼ばれる、危険レベル3のモンスター。
強い恨みをもって死んだ武士の幽霊である。
面頬と呼ばれる、見るだけで威圧されるような恐ろし気な表情をしている仮面をつけている。
生きていたころの身体能力をはるかに超える霊体、身長二メートルはゆうに超えていた。
ありえないほど長く鋭い大刀、豪奢な甲冑、そいつが刀を構えてトメの前にいるのだ。
〈強敵〉
〈だけどトメの得意なゴースト系だ〉
〈よしやっちまえ!〉
〈期待〉
〈初見。こいつ物理攻撃まったく効かないやつだろ? どうやって倒すんだ?〉
〈まあ見てろ、トメはゴースト系にはめっちゃ強いから〉
「そのとーーーり! 私はニンジャゴーストバスター、幻影の掃除人だ! 幽霊系なんて敵じゃない!」
トメはその驚異的なジャンプ力で天井にさかさまになって貼り付くと、
「吸引掃滅!」
と叫びながら背中に背負った目立製掃除機のノズルを亡霊武士に向け、スイッチを入れた。
グゥィィーン! と掃除機のモーターが轟音をたてて回り始める。
「くゎぁぁぁぁっ」
ぶきみな唸り声をあげながら天井に貼り付くトメに向かって刀を振り上げる亡霊武士。
「しゃっ、行くぞっ!」
トメは掃除機の長いノズルを両手で持ちながら、亡霊武士の方へと天井を蹴った。
亡霊武士の大太刀による一撃。
それを、トメはノズルでなんなく受ける。
〈お、なんだこの掃除機。刀より丈夫なのか〉
〈あれは霊体に対しては特別に強力につくられているから〉
〈奴の刀は霊体だからな〉
トメは相手の力を利用するようにノズルを刀の背で滑らすと、ノズルの先端を亡霊武士の眼前に向けた。
「煉獄へ行けぇっ!」
ギュイイインッ!
大きな音ともに滅魔吸引器が吸引を開始する。
「ォ、ォ、ォ、ォォォーン……」
不気味な声とともに亡霊武士の顔面は、面頬ごと粒子となって掃除機の中に吸い込まれている。
後に残ったのは首を失った身体だけ。
頭部を奪われたそれは、存在を維持できなくなったのか、だんだんうすくなり、空気に溶け込むようにして消えていった。
「どうだ。これは幻影の掃除人の力だ!」
〈つえー〉
〈さすが!〉
〈すげえな掃除機〉
〈トメ大好き〉
〈トメ、俺と結婚してくれたらもっといい掃除機買ってあげるぞ。部屋の清潔はお前に任せた〉
「ふふふふ! 断る! なぜなら私は掃除が苦手だからだ!」
〈草〉
〈じゃあなんで掃除機を武器にしてるんだよ〉
「お母さん家に掃除機かけてるとき、のんびり畳の上でくつろいでると、よく『邪魔!』っていってノズルでお母さんにはたかれてたから、これだ! って思った」
〈なんだよ、掃除機が好きだからじゃなくて苦手だから武器に選んでいるのかよ〉
〈ところで俺、2窓してここ見てるんだけど、あの山伏と甘白虹子も同じダンジョンに来ているぞ〉
「ふん、知っているよ。いつか甘白虹子とはきちんとナシをつけなきゃと思ってたんだ。あいつは私の事あまり知らなかったみたいだけど――。でも、けっこうな因縁があるからね」
〈因縁?〉
「ああ。二年前のことさ――」
そしてトメはあのときのことを思い出し始めた。




