第35話 羽衣の実力
羽衣は、その小さな姿と比べると巨大に見える錫杖を片手で掲げる。
彼女の姿がほのかに光った。
ふわふわの長い髪の毛が重力を失ったように宙で舞う。
そして、羽衣は声を張り上げて叫んだ。
「天に満つるは日月星辰、地に満つるは五行百神。五芒の星宿よ、人に仇なす妖を打ち倒さん!」
すると、羽衣の持っている錫杖の頭部分から、何かが浮かび上がった。
それは、青く光り輝く線で描いたような五芒星。
羽衣はさらに叫ぶ。
「急急如律令!!! セーマン!!!」
その瞬間、青い五芒星が弾かれたように杖の頭から放出された。
それはヒュンヒュン! とまるで手裏剣のように回転してまっすぐ鋼鉄蜘蛛へと向かっていく。
そのスピードはゆうに時速200キロを超えているだろう。
足を三本失っている鋼鉄蜘蛛は、それを避けることができない。
五芒星が鋼鉄蜘蛛の胴体に当たり――そして、瞬時に真っ二つにした。
激しい火花を散らしながら、二つになった鋼鉄蜘蛛は床に倒れて二度と動かなくなった。
〈妹ちゃんもすげー!〉
〈すごい魔法だ〉
〈っていうかセーマンって言った?〉
〈セーマンってドーマンセーマンのセーマン?〉
〈それって山伏なのか?〉
〈修験道というより陰陽道だよな〉
〈急急如律令は陰陽師の詠唱だぞ〉
コメントを聞いて、零那は笑って言った。
「そうなのよ。羽衣はね、修験道の修行頑張ってたけど、修験道ってさ、陰陽道の影響も受けているのね。で、陰陽道の勉強するうちに修験道より陰陽道にハマっちゃったみたいでさ……」
命を助けられた虹子は、その場でパチパチと拍手をして、
「すっごーーい! 羽衣ちゃん、ありがとー! やば、すご、羽衣ちゃんも強い! 危険レベル4のモンスターだよ? お姉さまだけじゃなくて羽衣ちゃんもヤバッ! 私、今死んだと思ったのに……」
そう言って自分の腕をさする。
その手はまだ少し震えていた。
〈たしかに〉
〈あっさり倒したけど、危険レベル4を倒した人類ってこれで二人目だぜ〉
〈なんだこれ、俺の中の常識がこわれるなあ〉
〈信じられない。鋼鉄蜘蛛を低級モンスターみたいに一蹴したぞ〉
〈よく考えたら妹ちゃんもSSS級なんだよな〉
〈俺、そのランク付け、なんかの間違いだと思ってたけど、全然合っているな〉
虹子は続けて羽衣に聞く。
「羽衣ちゃん、これって陰陽道なの? 羽衣ちゃんって、陰陽師なの?」
羽衣は頬を赤く染めながら、
「いえ、山伏は山伏なんですけど……。陰陽道の方が自分に合っているというか……」
「へーかっこいい! いいじゃんいいじゃん、陰陽師!」
「陰陽師っていうほどのもんじゃないです。基本は修験道なので……。でも、どうしても陰陽道の技、使っちゃうんですよね……」
「へー、そっちのが才能あるからじゃない?」
「いえ、というより、陰陽道の技って個人的に……」
「個人的に、なに?」
羽衣はさらにほっぺたを真っ赤にして言う。
「かっこいいから……」
「えー、山伏もかっこいいわよ」
零那はほおを膨らまして言う。
そこに、編み込みサイドポニーの幽霊少女も、虹子と同じように拍手しながら、
「どっちもかっこいい! 助けてもらっちゃったね! ね、ね、あなた、名前なんていうの?」
「名前……? 羽衣です。三日月羽衣」
羽衣は普通に答える。
「え、名前なんて教えちゃって大丈夫?」
不安げに聞く虹子に零那が言う。
「大丈夫よ、名前くらい。私は三日月零那。この子の姉ね。こっちの人は甘白虹子さん。で、あなたの名前は?」
ゴスロリ幽霊少女はそれに答えようとして――。
「ええと、私は……。あれ? え? あれ? なんだっけ……。あれ、私、自分の名前思い出せない……」




