第32話 412名
「今日、ずっとネットで深堀りして調べてみたの」
自分のふわふわの髪の毛をいじりながら羽衣は言う。
「2018年にダンジョン内で死亡・行方不明になった人は合計412名。あまりに多くて政府が緊急に対策してダンジョン探索の規制が厳しくなったの。で、私、その412人を一人ひとりきっちり調べてみたんだよ」
「私も少しは調べたけど……ぜんぜんわかんなかったよ」
虹子が答えると、羽衣は頷いて、
「そうなんだよ。あの幽霊、見た目は十代だったよね? 当時は未成年でも家族の許可なしにダンジョンに潜れた。だから、十代の女の子で死んじゃったり行方不明になった人を探してみた。そんな若い子だったら、絶対ニュースになるでしょ? でも、なかった。いや、何人かはいたけど、みんな顔写真つきで、あの子じゃなかった」
虹子は顔を傾げる。
明るい色をしたショートボブのさらさらな髪の毛が揺れる。
「でもさー、じゃあどういうこと?」
「私、こないだ言いましたよね? 生存者バイアスの話。つまり、あの地下六階に潜って、戻ってこなかった」
「それだったら行方不明者になるんじゃ?」
「もし、あの子がダンジョンに潜った、という事実を誰も知らなかったら?」
そうか、と零那は思った。
確かに、誰にも言わずにダンジョンに潜って遭難したとしたら、行方不明者として数えられることもない。
でも、それだとおかしい。
零那はウービーの注文を受けて、初めてダンジョンに潜ろうとしたときのことを思い出した。
あのときはライセンスカードの提示を求められたはずだ。
「あれ、でもダンジョンに入る前に、なんとか庁のおじさんに止められるじゃない」
零那の問いに、虹子が答える。
「今くらい厳しくなったのはは3年前くらいからだよ。2018年だと、ダンジョンの出入りはもっと簡単だったよ」
「じゃあ、なにもわかんないってことじゃない」
「そういうことになるね」
三人、顔を見合わせてため息をつく。
「ところでさ、あの幽霊、いないね」
羽衣の言葉に、零那たちは辺りを見回す。
「ね、ね、私に見えてないだけで実はもうそこにいるとかない?」
虹子は不安そうに言った。
零那は注意深く気配を探るが、なにもいないようだった。
「うーん、どうしようかなあ。あの幽霊、虹子さんにマーキングしているから来ると思うんだけど……。あ、そうだ!」
零那はいいことをひらめいた、と思って、昨日虹子が立てた看板に肘をかけた。
「あの子が実際死んじゃったのは多分、この下の地下六階だと思う。あの子は地縛霊の一種。思念は死んだ場所が一番強いはず。今から地下六階に潜ろうよ!」




