第3話 甘白虹子の遭難
甘白虹子は、呆然とドアを見つめていた。
ドアの向こうでは、モンスターの唸り声が聞こえる。
アルマードベア。
それが、モンスターの名前だ。
体長4メートルを超える、熊型のモンスターである。
人間では全く太刀打ちできないほどの強敵であった。
いかに全身を防具で固めていても、アルマードベアにとっては豆腐同然。
その爪がかすっただけで防具ごと肉と骨をあっさりとえぐってしまう攻撃力がある。
筋肉の塊といえるほどの巨大な身体。
さらには体毛が硬質化していて、もはや鎧と化している。
野生のヒグマの百倍は強い、と言われるモンスターである。
虹子程度の攻撃では傷一つつけることができなかった。
今いるこの小部屋に逃げ込めたのは、ただの偶然、ラッキーだっただけだ。
ドンッ! とドアが揺れる。
「ひぃっ」
思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
アルマードベアがドアに体当たりしているのだ。
ドアには閉鎖の魔法をかけてある。
それもいつまで持つか、分からない。
虹子が今いるのは、六畳間くらいの小さな部屋だ。
壁や床、天井にいたるまでほのかに光を発する石で作られている。
ダンジョンっていうのはたいていこういう作りをしていた。
誰が、なんのためにダンジョンを作ったのか、いまだ全く解明されていない。
しかし、虹子にとってそれは今、どうでもいいことだった。
ドアの向こうのアルマードベアは、ドアを破ることを諦めたようだった。
しかし、立ち去ったわけではない。
ドアの向こう側で待つことにしたのか、フー、フー、という鼻息はずっと聞こえ続けている。
「ねえ、みんな、どうしよう……」
虹子はおびえの声を出す。
涙声になっているのが自分でわかった。
「ねえ、みんな助けてよ……」
虹子は独り言を言っているわけではない。
画面の向こう側に話しかけているのだ。
部屋の中をトンボほどの大きさの物体が飛んでいる。
カメラ付き自律型ドローン。
それが虹子の姿を捉え、全世界へと配信されている。
そう。
虹子は、ダンジョン配信者だった。
ルックスの良さとトークの面白さ、そしてなにより探索者としての高い実力を誇り、国内でもトップクラスの視聴者数を稼いでいた。
実際、今も同時視聴者数は一万人を超している。
〈ニジー、大丈夫?〉
〈生きてる?〉
〈ニジー、死んじゃいやだよ!〉
〈まさかS級探索者のニジーがこんなピンチになるなんて……〉
〈S級探索者なんて日本に10人くらいしかいないんだぞ〉
〈トップクラス探索者の遭難なんて……〉
〈とにかくそこから逃げ出す手段を考えるんだ!〉
コメント欄が次々と読み上げられる。
虹子は左耳にイヤホンを身に着けていて、読み上げソフトの声は倍速で虹子に届けられていた。
「うう……逃げ出すと言ったって……」
虹子は部屋の中を見回す。
何もない。
石の壁、石の床、石の天井。
抜け道なんてありそうもなかった。
「このダンジョン、地下五階までは強いモンスターいないって聞いていたのに……」
虹子はタブレットでマッピングソフトを立ち上げる。
このダンジョンのマップが表示された。
「あれ? え? 待って? ここ、地下六階だよ!?」
〈はあ?〉
〈どういうこと?〉
〈地下四階から降りてすぐにアルマードベアに襲われたんだよね?〉
〈なんで地下六階にいるの?〉
「そんな……確かに、階段を降りてきたのに……。まさかあの階段、地下四階から地下五階を飛ばして地下六階に降りる階段だったってこと?」
どうりでアルマードベアなんてとんでもなく強いモンスターに遭遇したわけだ。
ドアの向こう側からは、まだそのモンスターの鼻息が聞こえてきている。
「どうしよう……」
〈とにかく、救助隊を要請しよう〉
〈知り合いの配信者にも声をかけてみて!〉
〈きっと誰かが助けに来てくれるよ!〉




