第26話 一番の危険ポイント
〈お、なんだなんだ?〉
〈木の板と棒?〉
〈なにか書いてあるな〉
〈どうするつもりだ?〉
虹子はまず、腰にぶら下げていた魔導銃を抜く。
そして階段と床を見比べて、
「うーん、この辺かな?」
と石造りの床に白いマジックペンでバツ印をつける。
そして床に銃口を向けて、
「虹の魔弾!」
と叫んで床の印に向かって引き金を引いた。
パシュゥーン! と軽い音とともに虹色の魔弾が発射される。
それは床に当たると小爆発を起こし、直径5センチほどの穴を開けた。
「深さが足りないなあ……。もう一発!」
その穴に向けてさらに弾丸を放つ。
「よしよし、ちょうどいい深さになった! んでもってこれをですね……」
今度は釘とカナヅチを取り出して木の板を棒に打ち付け始めた。
〈なにやってんだ?〉
〈あれ、これもしかして看板か?〉
〈板にはなんて書いてあるんだ?〉
「ふっふっふ。これをこうしてな、そんでもってこの2つの粘土を混ぜ合わせると簡易セメントになるからこれで棒をこの穴に固定するんだ」
そう。
虹子がダンジョンに取り付けたのは、まさに看板だった。
そこにはこう書いてある。
【注意! この先地下6階。覚悟のない者は進入禁止! この先には国も救助隊を送れません】
〈おお~~!〉
〈そういうことか!〉
〈なるほど、注意喚起の看板か〉
〈やっと意図がわかった〉
それを見て零那は感心して言った。
「へー、なるほどね。虹子さんが遭難しかけたから、他の探索者が自分と同じ目に遭わないようにこういう看板を立てたってことか」
「そういうこと! だって命に関わるからね! 逆に、なんで今までこういう注意喚起の看板がなかったのかが不思議だよ!」
「そうね、なんでかしら?」
零那も理由がわからず首をひねる。
すると、羽衣がぼそっと言った。
「多分、生存者バイアスってやつだよ」
突然難しい言葉を言われても零那にはわからない。
「なにそれ?」
「昔ね、アメリカ軍が敵地から帰還した爆撃機を調査したの。そしたら、弾痕がある部分って決まっていたんだって。ある部分に集中して敵の弾のあとが残っていた。お姉ちゃんなら、この爆撃機の装甲を厚くしようと思ったら、どこを厚くする?」
「そりゃ、弾のあとがいっぱい残っているところじゃないの?」
「逆だよ。弾のあとが残っているってことは、そこに弾を受けても爆撃機は戻ってきたってこと。装甲を厚くするべきなのは弾のあとが残っていない部分だよ。だってそこに弾を受けた爆撃機は墜落して戻ってこられなかった。戻ってこられなかったから、調査もされてないってこと」
「ほ~~、なるほどね! 羽衣は頭がいい! さすが! 羽衣のそういうとこ、お姉ちゃん好きだよ!」
そう言われた羽衣は表情を変えないが、そのほっぺたは真っ赤になっている。
何気なくほめただけなのに照れちゃうところがほんとにかわいい。
「……この話はけっこう有名だから。で、この階段に看板がない理由がそれってわけ」
「んん? どゆこと?」
零那は全然わからなかったので、羽衣の答えを待つ。
「うん、だからね。この階段を降りてその先が地下6階だって知った人は……誰一人、生きて戻ってこられなかったんだよ。虹子さんみたいに配信しながら探索する人は少ないんでしょ?」
虹子は頷いた。
「そうね、レアメタルが採掘できる場所も限られているから、自分の位置を知られないようにするのが普通の探索者だもん」
「だから、この階段が危険だって誰も知らないままってこと。このダンジョンで行方不明になった人はきっといっぱいいる。でも、どこが一番の危険ポイントなのか、生き残った人の証言だけじゃ、わからなかったんだよ」
虹子は思い出したように、
「このダンジョンで行方不明になった探索者か……。そう言えば……そういう子にこないだ会ったような気が……」
その時だった。
階段のある長い通路の向こう側、100メートル以上離れた角を曲がって、まさにその人物がこちらに向かって走ってきた。




