第2話 特SSS級は海の日に心躍らせる
「ダンジョン? あんた、何言っているの、私たち、ダンジョンなんか潜ったこともないでしょ。危ないし、だめだよ。ウービーイーツでコツコツ稼ぐのがいいよ」
零那は諭すように言った。
まったく、このかわいい妹はなにを言いだしてるのやら。
「えー。小さい頃、よく一緒に洞窟探検してたじゃん。あれでしょ? ダンジョン、いいと思うけどなあ」
羽衣は不満そうな顔である。
ダンジョン。
地下に広がる巨大迷宮である。
それは、数十年前、突如世界中に現れた。
その正体についてはまだ誰にも知られていない。
ダンジョン内には正体不明のモンスターが蠢き、そこに足を踏み入れた人間を襲ってくる。
迷宮内部では電気や爆薬を使った現代兵器はなぜかすべて無効化され、剣や槍を使った原始的な方法でモンスターと対峙しなければならない。
しかし、それだけではなかった。
「ダンジョンの中に入ればさ、すごい力も使えるようになるんだって。羽黒山の洞窟と同じじゃん!」
ダンジョン内にはマナと呼ばれる不思議な物質が満ちていて、人間がそれを空気とともに体内にとりこむと、スキルと呼ばれる特殊能力が使用できるようになるのだ。
炎を呼び出したり、怪我を治療したりできるようになる。
つまり、魔法を操れるようになるのだ。
それだけではなく、自らの身体能力を向上させるスキルなどもある。
ただし、全員がスキルを使えるようになるわけではない。
千人に一人。
その選ばれた才能を持つものだけがダンジョン内でスキルを得ることができ、さらにその上で血の滲むような訓練を行ってやっとモンスターと渡り合えるようになるのだった。
零那はうーんと首をかしげる。
「確かに、洞窟の中だと修験道の術が発動しやすかったけど……。あんまり興味ないからなー」
「パチンコには興味津々なくせに」
「だってあれ、すごいのよ! もうね、確変引いた時なんて、脳みそがね、脳みそがもう……」
大当たりを引いたときの快感を思い出して、零那はぶるっと身体を震わせる。
それを呆れたような顔で眺めつつ、羽衣は納豆ご飯を口に入れる。
「お姉ちゃん、顔がだらしないよ……」
「それに、パチンコだとお金が何倍にも増えるのよ!」
「減ることもあるじゃん……。ダンジョンでレアメタルを掘るのもすごく稼げるってネットに書いてあったよ」
羽衣の言う通り、ダンジョン内ではほかでは採掘できないレアメタルが手に入る。
そのレアメタルを消費することによってどんな場所でも――山奥でも、地下深くでも、ダンジョン内でも――超超高速で通信できる技術が確立された。
そしてそれが普及するに伴ってレアメタルの需要も高まっていったのだった。
そんなわけで、0.1%の才能を持つ者の中でも、さらに努力を重ねられる人間のみが国の許可を得てダンジョン探索者となることができるのだ。
また、常人には潜ることができないダンジョン内での探索を配信することによって視聴者を集め、そこから収益を得ているダンジョン配信者という職業も認知されている。
「ダメよ、ダンジョンなんて危ないし、そもそも許可がもらえないし」
「あれ、お姉ちゃん知らなかったの? 地元にあったあの洞窟、ほんとはダンジョンだったんだって。で、私たち、探索者のライセンスあるんだよ? 二年前にお役所の人が洞窟の中まで私たちについてきてたじゃん。ほら、あの背広着たおじさん」
零那は記憶をたぐる。
そういや、そんなこともあったような……。
あれ、ただの観光客だと思ってたけど、お役所の人だったのか……。
「で、ほらライセンスカードもあるよ。お姉ちゃん、すぐにモノをなくすから私が預かってた」
羽衣が差し出してきたカード、そこにはいまより少し幼い零那の写真。そしてそのすぐ隣には特SSSと金ピカの文字が印刷されてある。
「ふーん? でもねえ。ダンジョン探索って、洞窟探検みたいなやつでしょ? 子どものころにさんざんやったから、いまさらよ。それに……」
洞窟探検で知っているけど、一度潜ったら数日は戻ってこられないこともある。
そしたら……。
パチンコをやる時間がなくなってしまうじゃないの!
「ま、考えておくわよ」
零那は気のない返事をするのであった。
「もー、お姉ちゃんはほんと、私の言うこと聞いてくれないんだから」
「心配しなくていいわよ、お姉ちゃんはウービーイーツでがんばるから!」
そう言えば、明日は祝日だ。
海の日だ。
海の日なのである!
きっとパチンコ屋も海の日に違いない!
零那は気のないダンジョンのことはすぐに忘れ、明日のパチンコに思いを馳せるのであった。




