第17話 虹の魔弾
零那はそれからたったの五分できっちり地下五階に到着。
部屋のドアをノックすると、出迎えたのは昨日助けた女性。
明るい色のショートボブ、防刃チョッキを着て、ゴツいブーツを履いている。
身長は零那より頭ひとつ低いくらいだろうか。
昨日も思ったけど、なかなかの美人さんだ。
「お待たせいたしましたー。ウービーイーツでーす」
にこやかな営業スマイルとともに声をかける。
その女性――虹子は、零那の顔を見た瞬間に瞳を輝かせた。
「お姉さま! 待ってたよ!」
お姉さまと呼ばれて零那は少し戸惑う。
この人、昨日もそんなこと言っていたけど、変わった人なんだろうか? 指もなめられちゃったし……。
うん、すっごくおかしな人だ。
やっぱりダンジョンの中でウービーイーツを頼むなんて、常軌を逸した人ばっかりなんだなあ。
よく考えると、さっきの掃除機背負ったニンジャの人もヤバい人っぽかったし。
この接客もすばやく終わらそう、と思ったのだが。
「お姉さま、今日もチップはずんでおいたよ!」
そうだった、このお客様は10万円案件だった。
さすがに、いつもの30倍(誤)の単価だし、ちょっとは話してもいいかもしれないわね……。
昨日海で負けたし。
「あのーお客様。お姉さまって……私、ただのウービーイーツ配達員ですよ」
「あ! お姉さまなのに敬語使っちゃ駄目だよ! タメ語でよろしく!」
「はあ……」
「あとお客様じゃなくて、虹子!」
「あの、コーラ……」
零那が差し出したコーラの入った袋を受け取ろうとしない虹子。
「あの、お客様?」
「虹子って呼んで!」
「虹子……さん」
「さんはいらない!」
「はあ」
「でね、でね、『虹子、コーラを持ってきてあげたわよ』って、クールな表情で渡してきて!」
注文の多い客だ……。
毎日ウービーの配達をしていると、たまにいるのだ、とても変な客というものが。
世の中、百人に一人くらいは引くほど理解しがたい人がいる、ってことを零那はウービーの配達で知っていた。
しかしながら虹子はスペシャルなお客である。
なにしろ、10万円なのだ。
しょうがないわね、つきあってやるか。
そう思って言われた通りにしてやる。
「虹子、コーラを持ってきてあげたわよ」
そう言ってコーラを渡す。
「キャーーーッ! さいっこう!」
キラキラと目を輝かせ、嬉々としてコーラを受け取る虹子。
「で、お姉さま、話があるんだけど……」
部屋の中に、昨日も見たドローンが飛んでいる。
まさか、今も配信しているのだろうか?
「話って……」
その時だった。
ドゴンッ!
大きな音が鳴ったかと思うと、いきなり部屋の壁がガラガラと崩れた。
零那はチラリとそちらを見ただけだったが、虹子は腰を落として身構える。
「なにか……来る!?」
虹子の言葉に、零那は静かに答える。
「いや、来ないわよ? というか、もうそこにいるわよ」
そう。
敵は、崩れた壁、そのものだった。
壁の破片は糸で操られているかのように宙に浮き、合体して一つのかたまりとなる。
それも、人間の姿を模しているかのように。
「ゴーレム!」
虹子は叫ぶ。
地下五階のモンスターとしては難敵であった。
しかし。
零那が法螺貝を口にあてるより早く、虹子が腰から拳銃を抜いた。
通常、ダンジョンの中では不思議な力が働いて、火薬を使った武器は無効化される。
だが、虹子の持つそれは、ただの拳銃ではなかった。
女性の小さな手に余るほどの大きさ、銃身にはルーン文字で呪文のような文字が書いてある。
これこそが虹子の特殊能力であり、最大の武器であった。
持ち主の魔力を消費して弾丸を発射する、魔導銃なのだ。
「虹の魔弾!」
虹子が叫んでゴーレムに狙いを定める。
「ヲヲヲヲーーン!」
ゴーレムは威嚇の声を上げながら、持っている棍棒を振り上げてくる。
虹子はおそれもせず引き金を引く。
パシュウン!
という普通の銃より軽い音とともに、七色に光る弾丸が発射された。
それはゴーレムの額に命中する。
と同時に、弾丸は閃光を放ちながら爆発した。
パァンッ! という音が零那の耳に突き刺さる。
その大音響とともにゴーレムの頭部が吹き飛んだ。
しかし、ゴーレムの体は止まらない。
魂を持たない無機物のモンスターにとって、頭部などただの一部品に過ぎないのだ。
そのまま棍棒を虹子に振り下ろそうとするが、それよりさらに早く虹子は弾丸を連続で撃ち込む。
七色の弾丸はまずゴーレムの右腕に当たると再び爆発を起こして粉々に破壊した。
次の弾丸は左腕、最後の一発は胴体に命中。
そのたびに巻き起こる爆発で石の破片が飛び散った。
飛んできたそのうちの一つを零那は首だけ振ってひょいとかわす。
上半身すべてを破壊されたゴーレムは、無機物のモンスターといえども下半身だけでは存在を維持できなくなったのだろう、ジェンガが崩れるようにしてバラバラに砕けてしまい、元の瓦礫へと戻った。
「へー。面白い呪術だねえ」
零那は感心して言う。
虹子は得意げな顔で銃を腰のホルダーに戻すと、
「ね、私もそこそこ強いんだよ。で、お姉さま。お願いがあるの。私と組まない?」




