第16話 ニンジャゴーストバスター
まさに爆走だった。
自転車の前に四縦五横の格子を貼り付けたまま零那はペダルを漕ぐ。
さっきの一悶着のせいで時間を食ってしまった。
時間に遅れるとお客様からバッド評価をもらってしまう。
評価が下がるといい案件が回って来づらくなるので、零那も必死だ。
広いダンジョンとはいえ、時速80キロも出すと普通の探索者なら1時間かかるところをほんの数分で進んでいける。
ほんとはもっとスピード出せるのだけれど、そうするとママチャリのほうが持たないのだから仕方がない。
今回のチップもらったらちょっといい自転車買っちゃおうかしら、でも10万円とちょっとじゃほんとにいいやつは買えないかも。
そうだ!
最近行きつけのパチンコパーラーパラパラに、『タール化学のロールパン』っていう新台が入ってたな。
あれで10万円を増やせばいい!
あの台、なんかかわいい女の子がいっぱい出てくるみたいだし、そうしよう、楽しみ!
地下三階へ降りる階段を自転車に乗ったまま走破する。
さらに進むと、零那の前方に巨大な妖怪が現れた。
「グオオオン!」
雄叫びをあげる、全長3メートルはあろうかという化け物。
二足歩行、大きな目玉、鋭い牙が口から見えている。
頑丈そうな防具に身を固め、大きな斧を持っていた。
いっぱんに、ホブゴブリンと呼ばれるモンスターである。
その膂力はなみのゴブリンの十倍以上、斧の技量も一級品。
AA級探索者程度では全く敵わず、今まで幾多の探索者たちを屠ってきた恐るべきモンスターである。
「ああーばか、飛び出し禁止ぃ!」
零那はベルをチリンチリン鳴らすが、ホブゴブリンは構わず零那に襲いかかろうとしてそのまま自転車に跳ね飛ばされた。
正確には、自転車の前に展開された四縦五横の格子にふっとばされたのだ。
そしてベチャッと壁に叩きつけられ、赤いシミとなった。
零那にしてみれば、ホブゴブリンごとき、戦闘相手にすらならないのであった。
さきほど会った半グレがこの光景を見たら、命だけは助かったことに心から感謝することだろう。
「交通事故起こしちゃった……まあいいか、急がないと!」
あっという間に地下四階に到着。
自転車を降り、お客様がいるだろうドアの前にたち、笑顔の準備。
ドンドンドン、とノックして、
「お待たせいたしましたー! ウービーでーす!」
ドアが開くと、そこには一人の少女がいた。
「ふふふ……ほんとに来たのね……。昨日、甘白虹子の配信を見たわよ……」
黒い装束に身を包んだ、長いツインテールの女性だった。
背中には大きな機械のようなものを背負い、そこからホースのようなものが伸びていて、その先は掃除機のノズルのようになっている。
「私は忍術をマスターしたゴーストバスター。会いたかったわ、特SSS級」
「はい、こちら商品でーす」
「あ、どうもです。ふふふ、私はS級探索者。今はS級だけど、でも将来必ず特SSS級になってみせる天才よ」
「すみません四桁の暗証番号お願いしまーす」
「あ、はい、4415です。……いやこんなアップルパイなんてどうでもいいっつーの。この出会いが私とあなたのストーリーの始まりになるの」
「はい暗証番号確認しましたー。すみません、すごく急いでいるのでいいですか? あと5分でこれ最後のお客様に届けないと」
「そんなのどうでもいいでしょ、あなたも私を見てビビッと来たはず。そう、私は――」
「あざーしたー!」
そして零那は自転車に飛び乗り、風のように去っていった。
……残された少女は、
「えーなんで無視するのー……」
届けられた熱々のアップルパイを涙目でかじるのであった。
ニンジャゴーストバスターとのストーリーは、まだ始まらない。
今は、まだ。




