第15話 スロットはインチキ
「ん、なんですか?」
山形にいた頃は、男というものと触れ合ったことのない零那だったが、新潟に出てきてウービーの仕事を始めてからは、何度かこういうことがあった。
「テレビで見た通りの超美人じゃん」
「おい、ドローンとかカメラはないか?」
「大丈夫みたいだ。こんなダンジョンの奥に女の子一人で来ちゃうとはな」
「いくら強くても俺たちAAA探索者5人相手だからな。おとなしくしたほうがいいぜ」
「ううー、俺もう我慢できねえぜ」
しかも、どういうわけか、中には女もいる。
茶髪のいかにもヤンキーっぽい女だ。
「うふふふ、高く売れそうな女じゃん……撮影しちゃうけど、金払えばデータ消してやるからさあ。わかってるよね?」
うーん、世の中には少数だがこういう悪いやつもいるのだ。
これが住宅街での出来事なら商品を押し付けて帰ればいいだけの話なのだが。
それをやるとむかつくことにバッド評価をもらっちゃうけど、まあしょうがない。
ただ、今回はこの男たちの言う通り、ダンジョンの中である。
実際、ダンジョンの中ではこういう犯罪もおこりがちではあった。
国としてもライセンスを発行して管理することで、防犯に努めてはいるのだが、どうしてもすべてを防ぐことは難しい。
ダンジョンの中ではいくら大声で叫んでも誰にも聞こえないし、助けも来ない。
「うーん、大変なことになったわね……」
零那は呟く。
「ひひひひ、そうだ、大変なことになったんだぜ……」
「いや、あなたたちが……」
そう。
大声で叫んでも誰にも聞こえないし、助けも来ない。
今この状況で助けを乞うべきなのは、零那ではなかった。
絶対的弱者なのは、むしろこの半グレ探索者たちなのであった。
物心つく前から修行に明け暮れた零那は、修験道の法術だけでなく、その肉体も極限まで鍛え上げられていた。
そのうえ、修験の術によって身体能力も常人では考えられないほど向上している。
「一応、私も修験者。人を無駄に傷つけるのは禁止されてるのね。でも身を守るくらいならOKでしょ」
零那はそう言うと、自分の肩に回されている男の手をヒョイと持った。
そして、
「ほい!」
と男を壁に向かってぶん投げた。
「ぐわっ」
壁に叩きつけられる男、他の半グレが身構える前にすでに零那は地面を蹴っていた。
一人の目の前に立つと、
「ほい!」
掌底でボディブロー。
探索者というのは基本的に、防刃チョッキやそれに準じる丈夫な格好をしている。
零那の掌底の威力はその防具をあっさりと貫通し、男の内臓に(死なない程度の)ダメージを与えた。
「ぐぅぅ……」
そのまま悶絶する男。
「な……!」
剣を抜く男たち。
一人の男が零那に突っ込んでくる。
しかし零那はすばやく法螺貝を口に当てると、そいつに向かって、
プオン!
と短く吹く。
「ぎゃっ!?」
それだけで脳を揺らされてばたりと昏倒する男。
「な、な、な……。てめえ、ただじゃ……」
ほかの男たちが一斉に零那に向かって剣を振るってくる。
修行で鍛え上げられた零那の肉体は瞬時に反応する。
こんな半グレの振るう剣など、洞窟の奥に巣くう妖怪たちに比べれば止まっているようなもんだった。
零那は左手に持っていた錫杖で剣を受け止める。
剣はあっさりと折れて刃が地面に転がる。
「男の人の仕事は女の子を守ることだ、って羽衣が言ってました。逆なことする人にはお仕置きです」
零那は錫杖を両手で持ち直すと、棒術のようにそれを巧みに操り、男の一人の手首を打ち付ける。
「いてええ……!」
うずくまる男、残った男にも錫杖の先っぽでおなかにかるーく突きを入れてやった。
「ぐうう……!」
丈夫な防刃チョッキを着ているし、大けがはしてないだろう。
たぶん。
「お姉ちゃんは怪力なんだから、人間相手には本気出しちゃだめだよ!」
と羽衣に言われているので、最大限に手加減してやった。
最後に残ったのは茶髪の女。
彼女の目の前に立つ零那。
女は攻撃魔法の詠唱を始めていたが、零那がその黒い瞳で至近距離からじっと顔を見つめると、
「いや、あはは……うそうそ、ごめーーん」
と媚びるような笑顔を見せた。
「悪いけど、男女平等だから……」
そう言う零那に女は冷や汗を流しながら、自分のスマホの画面を見せた。
「ごめんて! ほら高評価入れたし! チップも5000円追加したし! ほら、ね、ね、許して?」
「うーん、5000円ですか。あざーす。じゃあ、デコピンで許したげます。あ、デコピンってこれね」
零那がダンジョンの壁にデコピンすると、石でできているはずの壁があっさり崩れて直径十センチほどの穴が開いた。
「……さらに追加で3万円いれました。昨日スロで負けちゃったからもうこれしかないです」
女の言葉に零那はピクリと反応して、
「そういうギャンブルは身を滅ぼしますからほどほどにしたほうがいいわよ。スロットなんてインチキだし。いくらきっちり7を狙って止めても絶対揃わないし」
「いや、それはそういう仕組みで……大当たり引いてないと揃わないから」
「絶対にインチキよ! 私の動体視力を持ってしても絶対揃わないんだもの!」
「いやだからそういうシステムじゃないから……」
「私、二度とスロットコーナーに行かない。パチンココーナーだけ行くことにしたわ」
いやあインチキだと思うならそんなことする店のパチンココーナーにだって行かないほうがいい、と女は思ったがもちろん口に出さずに、
「へ、へへへ、そうすよね」
と追従笑いをした。
「じゃ、ポテト確かにお渡ししましたーあざーす!」
恐怖でへたりこんでいる女を背に、零那は部屋から出ると再びママチャリに跨った。
次は、地下4階か。
時間かけすぎたから急ごうっと!
ここまではサイクリング気分だったが、時間に追われるとなると別だ。
零那は自転車に跨ったまま、九字を切る。
「臨兵闘者皆陣烈在前!」
眼の前に現れる四縦五横の光り輝く格子。
大きさは二メートル四方。
その格子は自転車の前方30センチのところに固定された。
「さー飛ばして行くわよ!」




