第13話 30倍だぞ、30倍!
次の日。
新潟市の繁華街、万代。
午後三時。
今日も零那は午前中からウービーイーツの配達員として稼働していた。
今はちょうど注文が途切れるアイドルタイム。
ほかにやることもないので零那はモクドナルドの店舗近くで注文待ちをしていた。
やることがない?
いや、普段ならこの時間はいつも、パチンコを打ちに行ってた。
だが、零那は反省していたのだ。
「まさか、1000回ハマリするとは……」
天井のないタイプを打ったのが悪かったか。
五万円ほどやられてしまった。
「こんなことしてちゃ、いけないわね……」
羽衣の顔を思い浮かべる。
「羽衣の学費を貯めなきゃ……やっぱり、パチンコはもうやめよう。お姉ちゃんとして、しっかりしなきゃ!」
そう自分に言い聞かせる。
もう二度とパチンコは打つまい。
そう固く固く決心する零那であった。
なにがあろうとも。
絶対、パチンコは打たない。
山伏として修行してきた精神力をもってすれば、パチンコをやめるなんて、超簡単なはずであった。
その決心の固さといったら、カチコチに凍ったあずきアイスくらいはあった。
そのとき。
ピロリン、ピロリン。
ウービーのアプリが鳴った。
「よし、注文入ったわね。……って、またダンジョン?」
注文の品は、モクドナルドのコーラのMサイズがひとつ。
配達先は……昨日と同じ沼垂ダンジョン。
昨日は地下6階に届けたけど、今日は地下5階だ。
まあ零那にしてみれば、どっちでもあんまり変わらない。
「昨日の人かな? チップ、チップは……」
スワイプして確認する。
「また10万円!」
これは行くしかない。
秒で『承諾』ボタンをタップする。
10万円あれば……9万円を学費に貯めといて、残りの1万円くらいで1/100くらいの甘デジ打ってもいいよね……?
さっきの固い決心は、真夏のソフトクリームくらいどろどろに溶けてしまっていた。
「とりあえず……着替えなきゃね」
術を使うには精神力や集中力が重要で、零那は山伏装束を着ないといまいち調子がでないのだ。
★
一度アパートに戻って装束に着替えた零那は、モクドナルドで商品をピックしに行く。
モクドナルド万代店の前までたどり着いたのと同時だった。
ピロリンピロリン。
さらに二件の配達依頼が舞い込んだ。
しかも、またもや沼垂ダンジョンだ。
今度は地下一階と地下四階。
商品も同じ店で、モクドナルド万代店。
五千円と一万円のチップまでついている。
「よし、トリプル! これはおいしい! 行くっきゃない!」
ピックしに行く途中でさらに依頼が舞い込むことをダブルとかトリプルと言うのだ。
ちなみに配達途中で別の注文が来ることを『数珠』と言う。
零那はもうウキウキである。
そっか、世の中にはダンジョンでごはん食べたい人もいるんだなー。
ダンジョンに入るにはライセンスがいるし、もしかしたら独占!?
これはけっこういい稼ぎになるかも!
零那はモクドナルドで三件分の商品を受け取ると、今日はどの台を打とうかとそればっかり考えながら、沼垂ダンジョンへと向かった。
ところが、ダンジョン入り口の様子が昨日とは違う。
カメラを構えた記者みたいなのが何人もたむろっていたのだ。
テレビのカメラまである。
あっという間に囲まれてしまった。
「あ! やって来ました、三日月零那さんです! 今日も山伏の装束を着ています! 三日月さん、三日月さーん! ちょっとお話を聞きたいんですけど!」
リポーターの女性がマイクを向けてくる。
「え、え、なんですか」
予想外の出来事に、零那はとまどってうろたえてしまう。
「あ、三日月さん! テレビの前のみなさんご覧ください、ものすごい美人です! あの、三日月さんは修験者ということですが!」
「あ、はい、まあ……羽黒山の山奥で修行してたので……」
「ケルベロスをあっという間に倒しちゃいましたね!」
「ケルベロス?」
「ほら、あの首が三つある……」
「ああ、あのワンちゃんね。あの子はなかなか懐いてくれないから……。かわいそうだけど、仕方がなかったんです。……あれ!? もしかしたら、あのワンちゃん、やっつけたら駄目だったんですか? すみません……」
「いえいえとんでもない! 人類でケルベロスを倒した記録は未だにないんですよ! 三日月さんが人類初です!」
眼の前に並ぶ、カメラのレンズ、レンズ、レンズ。
零那は頭がクラクラしてきた。
なによこれ。
「それに、三日月さんは強いだけじゃなくてものすごい美貌の持ち主ですね!」
「美貌?」
「はい、とってもお綺麗です!」
綺麗!
学校にも行かず、ずっと山奥で修行してきた零那にとって、人生で初めて言われた言葉だった。
妹の羽衣とケンカしたときはいつも「ブースブース」と言われていたので、自分はブスだとばかり思っていたのだ。
「え、ほんとに? 私、綺麗なんですか?」
「そりゃそうですよ、美しすぎる探索者って話題なんですよ! 二千年に一人の逸材とネットでも話題で!」
「えへ。ほんとに? えへへへへへ。うひひ。えー、そんなでもないですよー。ふひ、ふひ」
挙動不審に照れ笑いする零那。
そんな、美しすぎるなんて。
やだなあ。
そんなわけないのに。
美しすぎるとか!
いひひひ。
褒められて頬を赤らめる零那の姿は、確かに魅力的だった。
テレビの前の視聴者は男女を問わずに目を釘付けにされたくらいだ。
「ちょっとじっくりインタビューさせていただいていいですか?」
リポーターにそう問われて、零那はやっと思い出した。
そうだ、今は配達の途中だった。
それもチップ10万円の案件だ。
ちなみに、普段の配達だと一件につき320円の報酬なのである。
えーと、と零那は頭の中で計算する。
30倍だ!
いつもの30倍の報酬!
そう思うとインタビューにかかずらわっている暇はない。
「すみません、配達行かなきゃなので! じゃ、またあとでー!」
零那は褒めてくれるリポーターに後ろ髪ひかれつつ、自転車に跨ってダンジョンの中へと消えていった。
ちなみに、十万円は320円の30倍ではなく、300倍である。
顔はめちゃくちゃいいが、頭の中は残念な零那なのであった。




