第114話 自覚
零那たちの背後に現れたそれは、まさに異形としか言いようのないものだった。
巨大な人型をした塊。
よく見ると、その塊を形づくっているのは、人間の死体たちだった。
老いた男。
老婆。
中年の男と女。
中には、ヤミとそう年齢の変わらなそうな、少年少女までいる。
老若男女問わず、数十人分の死体が寄り集まり、一つの身体を成しているのだ。
零那はそれを見て叫ぶ。
「なんてこと! 死者への冒涜よ!」
「ひっひっひっ、お前だって死者を騙して利用しているではないか。なあに、死体は死体。もはや魂の抜けた物体じゃ。……霊力を増幅させる装置としてはなかなか使い勝手がよいがな。なにしろ、人間の身体は霊力を蓄えられるようにできておるからな」
人型をした死体の塊。
その頭部に当たる部分には、ピンク色のドレスを着た、ゾンビのように干からびた女性がいた。
さきほどまでハナエのとなりにいたモンスターだ。
「いつの間に……!」
そのモンスターが静かに言う。
「……私はコルポ・セコのセーコと申します。どうぞ、あなた方の魂を私どもにください」
セーコが言い終わるのと同時に、虹子の小銃が火を吹いた。
虹色の尾を引いて弾丸がいくつも死体の塊に撃ち込まれる。
そのうちの一発が若い少女の死体、その頭部に当たり、額に大きな穴が開いた。
「…………!」
虹子は思わず銃を下ろす。
「おや? もう攻撃をやめるのですか? では、私から行きますよ?」
セーコがそう言うと、死体の塊がずずずっと零那たちへと向かってくる。
「ひっひっひっ、そっちに気をとられていていいのか? ほれ、行け!」
ハナエの声に合わせて、ヤミの死体が零那に飛びかかってきた。
「くっ!」
ヤミの死体を傷つけるわけにはいかない。
零那はそれを体を躱してよける。
ヤミの死体は編み込みサイドテールをなびかせながら、なおも零那に攻撃をしかけてくる。
「やめて! やめてぇぇぇぇ! それ、私! 私の身体ぁぁぁぁ!!」
トメに抱きかかえられているヤミが絶叫する。
その声に反応したのか、ヤミの身体がぴたりと止まった。
全裸の、まだ成長しきっていない15歳の身体。
見開いている目には光がなく、どこまでも暗い漆黒だった。
すべての光を反射することもなく吸収してしまいそうな闇色。
「やめて! お願い、やめて! 私、私、私……わたしぃぃぃぃぃ!!!! 私、死んでない……死んでないのに、なんで私の身体が……そこにあるのぉぉぉぉ!」
ジジジッ! という音ともに、ヤミの霊体がノイズに包まれた。
「おい、どうした!」
トメが腕の中のヤミに声をかける。
「私、私、私……死んでない……死んでないよ……でもでも……! 私の身体……! 私がそこにいるのお! なにこれなにこれぇ! やだあ! あれ、あれ、あれ、私!? 私なの!? じゃあ私は誰なの!?」
「ひっひっひっ、言うたじゃろう、お前は幽霊じゃ」
老婆の冷たい声。
「私、幽霊なの? だからものに触れなかったの……? だれも私の事見えてなかったのってそういうことなの……? やだやだやだ! 死んでない! 死んでない! でも、でも、……私、死んだの……? 死んでたの……? 死んでたのォォォォォォォォ!!!!???? いいいやあああああああああだああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
霊体であるヤミの肌が、ノイズとともに空気に溶け込み始める。
「まずい! ヤッちゃん、しっかりして! あなたは……あなたは……死んでなんか……死んで……」
零那は途中まで言って、そして言いあぐねた。
その間にも、ヤミの霊体の肌が、呪いの刻印と同じ紫色に変色していく。
これはやばい、と零那は思った。
このままでは、ヤミが悪霊になってしまう。
僧でもある山伏の目の前で、善良な幽霊が悪霊と化すのを許すことなどできない。
そもそも、その原因のひとつに零那自身がかかわっているかもしれなかった。
ずっとヤミが死んでいることを黙っていたのだ。
騙していたと言われても仕方がない。
真実を知ったヤミが悪霊となり、人間を呪い殺すことだけが目的の悪霊となることは、なにがなんでも阻止しなければならなかった。
「ほれ、なにを止まっている、その山伏を殺せ!」
ハナエの言葉に反応して、ヤミの死体が再び動き始める。
全裸少女の死体が、零那につかみかかってきた。
――もっと落ち着いたところでやりたかったけど! やるしかない、今、ここで!
零那はヤミの死体が繰り出してくる蹴りをひらりとよけるとさらに距離をつめ、ヤミの死体に抱き着いた。
★
許せない、と羽衣は思った。
目の前にあるのは死体の塊。
みんな、生きていた人間だったはずだ。
それを殺し、それどころかその死体までいいように扱われている。
なにが狂った世の中、だよ。
こっちの方がよっぽど狂ってるよ!
羽衣だって山伏だ。
仏法の僧でもあるのである。
「大丈夫、みんな、ちゃんと成仏させてあげるね!」




