第112話 死人など、生者のためならどう扱ってもいい
顔と胸、そして下腹部に白い布がかけられている、少女の遺体。
まだまだ発展途上という感じの華奢な体つき。
腕にも太ももにも脂肪が乗りきっておらず、少し細すぎる印象もある。
胸元の布からちらりと覗く、紫色をした呪いの刻印。
髪は手の込んだ編み込みのツインテール。
間違いない、と零那は思った。
顔を見るまでもない。
間違いなく、これは……。
だけど、しっかりと確かめなくちゃ……。
零那の前にあるのは人間の遺体である。
僧でもある零那としては当然のごとく、その遺体に手を合わせ、一礼した。
そして、零那は遺体の顔を隠してある布を、ゆっくりと両手を使って取り除いた。
彼女は、眠っているような、安らかな顔をしていた。
長いまつ毛、真っ赤なルージュが引いてある薄い唇。
そして目元にある、二つ並んだ泣きぼくろ。
ただ当然ながら血色を失っていて、真っ白な肌色をしている。
生命の輝きがまったく奪われていることが一目でわかる。
〈なんだこれ〉
〈女の子の……死体?〉
〈まるで生きているみたいだな〉
〈大丈夫か、死体なんて映したらチャンネルBANされるぞ〉
〈っていうか、この子かわいいな〉
〈♪ 深夜?〉
そのとき。
零那の後方で、大きな声が聞こえた。
「あああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
それは、とてもとても甲高い、聞いただけで耳も心も痛くなるほどの、絶叫だった。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
あまりに悲痛な叫び声がダンジョン内に響き渡り、反響する。
「あ、おい、やめろ、あ、いてて!」
トメの声が聞こえる。
ヤミが自分を抱きとめているトメの手を思い切り噛んだのだ。
ヤミはひるんだトメの手を振り切って、零那の方へと走りだす。
そのあいだにも、正気を失ったような表情で、目を見開き、口を大きく開けて悲鳴を上げ続けている。
彼女の編み込みツインテールが風になびく。
「ああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!! なにこれなにこれなにこれなにこれなにこれ!?」
「ヤッちゃん、待って!!」
自分の死体に飛びつこうとしたヤミを、零那は身体を張ってかろうじて止めた。
なんの準備もなしに霊体が自分の遺体に触れると、なにが起こるかわからないのだ。
「なにこれなにこれなにこれぇぇぇぇぇぇ!? 私? 私!? これ、私なんだけど! え!? どういうこと? どういうこと? ねえ、どういうこと!?」
零那はなにかを言おうと思ったが、なにも言葉が口から出てこない。
まさか、こんな展開になるとは思っていなかったので、とっさのことで、どうヤミをなだめればいいのかわからない。
「待って、ヤッちゃん、落ち着いて! ……落ち着いて、大丈夫だから。説明するから」
零那はすーっと大きく息を吸って、吐く。
えっと、どう話せばいいのかしら?
だが、そこに、老婆のあまりに冷徹な声が響いた。
「その少女は大平深夜。8年前に、このダンジョンでモンスターに襲われ、死んだ。そこにいるお前。お前はもはや大平深夜ではない。死んで、幽霊になったのだ。魂は成仏しなかったみたいだな。哀れなことじゃ……」
鋭い声で零那が叫んだ。
「やめて! この子はまだ……!」
「なんじゃ、零那。お前はまだその子に自分が死んでいることを教えてなかったのか? 山伏として、それは正しいことなのか? 迷える幽霊が目の前にいて、成仏させてやらなかったのか?」
「う……」
零那はその問いに答えることができない。
「まさか、生者の命を救うために、死者の魂を騙して利用したのか? はは、あの青塚茜なら決してそんなことはせんかった。死者には最大級の敬意を払ったものじゃ」
「いや、それは……」
「お前は、死人など生者のためならどう扱ってもいいと、そう思ってるのか?」
「違う……」
零那の腕の中で、ヤミが暴れ始める。
「何言ってるの、何言ってるの、何言ってるのッ!? 私は死んでない、生きてる、だってここにいるもの!」
ハナエはふふん、と鼻でそれを笑った。
「我思う、ゆえに我あり、ってわけじゃな。しかし、お前がそこにいるのと、お前が生きているのとは別じゃ。大平深夜、お前はもう死んでいるのじゃ。証拠にほれ、それがお前の死体じゃ」
「違う違うちがーーーーーーーーーうっ!」
そこに、後方で控えていたはずの虹子が、少し足を引きずりながらずかずかと前に出てきて、
「ちょっとちょっと! ヤミちゃん困ってるじゃないの! そんなこと言わないで! それに! そもそも、その身体、本物なの? 蝋人形かなにかじゃないの? 8年前の死体がこんなふうに残っているわけないじゃない!」




