第111話 白い布
ラスボスに出会ったら、会敵直後に最大攻撃をぶっ放してすぐに決着をつけてやる、という選択肢も零那の頭にはあった。
しかし、寝台に横たわる少女の姿を見て、すぐにそうはいかないことに気づいた。
老婆とピンクのドレスのゾンビを睨みつけながら、零那はゆっくりと自転車から降りた。
ちらっと荷台の上のヤミを見る。
ヤミはまだ状況がわかっていないようで、ポカーンとした顔をしている。
零那は慎重に周囲の霊力を探る。
だが、零那の霊感はなにも感知しない。
この近くには、目の前の二人以外には、強大な霊力を持つ存在がいないようだった。
その二人だって、戦闘力という面でいえば、零那には及ぶべくもないほどの霊力しか感じない。
零那が考えていた、もう一つの選択肢――会話でコミュニケーションをとり、平和的に解決を図る――をとるべきなのかもしれないと思った。
「虹子さん、トメさん、つららちゃん、それにヤッちゃん。後ろに下がってて。なるべく離れないで。コーオツヘイテイちゃんたちに守ってもらってて。羽衣、バックアップお願い。私は前に集中するから、羽衣は虹子さんたちにも目を配っていて」
零那はそうみんなに指示を出すと、ゆっくりと二人に向かって歩き出す。
「え? ちょっと待って? あの、あの寝ている女の子……なんか変な感じするんだけど!?」
ヤミが寝台に向かおうとするのを、トメが抱きかかえて引きとめる。
「待て。お前はこっちだ」
それを目の端で見て、零那は老婆の方に話しかける。
「……この子は? これは、どういうこと? 虹子さんとトメさんに呪いをかけたのは……あなた?」
白い衣服に身を包んだ老婆は、椅子に座ったまま、するどい目つきで零那を見た。
「三日月……零那とか言ったか。……お前が、青塚茜の……ひ孫か……」
その名前を聞いて、零那はぐっと奥歯をかみしめた。
青塚茜。
零那が当然に知っている名前だった。
零那の曾祖母である、ヒーバーの名前だ。
青塚は旧姓で、青塚家と零那の三日月家とは今も薄いがやりとりがある。
「ヒーバー……私のひいおばあちゃんの、お知り合い?」
老婆はシワだらけの顔をゆがめると、くっくっくっ、と低い笑い声を漏らした。
「儂の名前はハナエ・ドス・サントス。茜とは、80年前に会ったことがある……。今のお前とそっくりな美人だったよ……ふっふっふ……。麗しき巫女だった……」
ヒーバーと面識がある老婆……。
とすると、ヒーバーと同じくらいの年齢だろうか、と零那は思った。
その表情を読み取ったのか、ハナエはニヤリと笑って言う。
「あの頃が儂の最盛期だったかもしれん……。まだ小娘だった茜に、儂が稽古をつけてやったものさ……。儂はもう140歳になる……。長く生きた……」
「140歳!?」
にわかには信じられなかった。
だが……。
確かに、老婆から感じる霊力は、量こそ多くはないが、極限まで練られた、鋭いものであった。
ヒーバーに匹敵するほどね、と零那は思った。
「聞きたいことがたくさんあるわ」
零那がそう言うと、ハナエはすぐに答える。
「なんでも聞くがよい」
しかし、零那の口からはなにも質問が出てこなかった。
聞きたいことがありすぎるのだ。
えっと、えっと、何から聞けばいい……?
と、そこに羽衣が助け船を出してくれた。
「ハナエさん。私も青塚茜のひ孫です。まず聞きたい。その子は?」
寝台に横たわる、なにも身に着けていない少女。
一応、胸と下腹部には白い布のようなものがかけられてある。
そして、顔にも。
羽衣は目をすがめて聞く。
「……その人って、……ご遺体?」
「そうじゃ」
ハナエは即答する。
「今から何年も前に、ダンジョンの中で死んだ。モンスターに襲われたんじゃ」
零那は尋ねる。
「……その子はだれ? なぜ何年も前に死んだ子の遺体がそのまま?」
「そうじゃな……まずは、その死体が誰のものか、確認してみた方がいいじゃろう……」
そうする必要もないほど零那には確信があったが、しかしそれでも零那はゆっくりと歩を進める。
老婆――ハナエから視線をいっときも離さぬまま、寝台の上にのった死体に近づき、その顔を覆っている布をとった。




