第109話 ろっこんしょーじょー!
ドッドッドッ。
四頭の黒毛牛が自転車を引いている。
その自転車をさらに零那が漕いでいた。
そのスピードは時速40キロは出ているだろう。
「全速力じゃなくて助かるよ……」
虹子が呟く。
その通り、これでもかなり速度を抑えて進んでいるのだ。
なにしろ、今いるのは地下19階。
人類史上だれも足を踏み入れたことのない深層階。
空気中に含まれるマナの濃度は、
あまりにスピードを出しすぎると、どんなアクシデントに見舞われるかもしれない。
だから、かなり慎重に進んでいるのだ。
「さーんげさんげ!」
黒髪のポニーテールをなびかせながら、零那が叫ぶ。
すると、それに呼応するかのように羽衣も叫んだ。
「ろっこんしょーじょー!」
「さーんげさんげっ!」
「ろっこんしょーじょー!」
自転車トレーラーの荷台につかまりながら、虹子がトメに聞いた。
「なにこれ?」
「これは私も知っている。というか、お前が山伏と一緒に配信するとか言ってたから少し調べた」
「えーなにー、トメさん私の配信チェックしてたのー? 私のファンじゃん!」
「いや、ライバルとしてだな」
「いいからいいから。えへへ。で、これなんの意味があるの?」
「山伏が山に登るときにこの文言を唱えるんだ。懺悔懺悔、六根清浄。六根とは、眼・耳・鼻・舌・身・意のことだ。これら六つに関連する迷いや執着を捨て、自らの過去を悔いる。そうして自身の心と身体を浄化する祈りの呪文のようなもんだ」
「へー! トメさんすごーい!」
「というか、山伏女とコンビを組んでいるんだから、お前も少しは興味を持っておけ」
「はーい。で、それを唱えるとどうなるの?」
すると、祈りの言葉をいったん止め、羽衣が答えてくれた。
「この呪文をきちんと念じながら唱えるとね、霊力と身体能力が研ぎ澄まされてくるんだよ。これからラスボス戦だからね。万全の態勢で臨まないとだよ」
「なるほど! バフ魔法ってことね。私も一緒に唱えようかな」
「うん、それがいいよ! みんなで唱えながら行こう!」
四頭の牛が引く女山伏が漕ぐ自転車。
自転車トレーラーに乗っているヤミとつらら、それにトレーラーにつかまっている羽衣と虹子、トメ。
虹子とトメを救いたい零那と羽衣。
自らが助かりたい、そしてこの『修学旅行』を最後までやり遂げたい、そう思っている虹子とトメ。
自分が死んでいることにまだ気が付かず、とにかく地上に帰還して家族に会いたいヤミ。
あまりなにも考えていないつらら。あえて言うならば、『もしかき氷にされるのならメロン味がいいな、でもそれはいやだからやっぱり人間は殺さないようにしよう』と思っていた。
それぞれがそれぞれの思いを込めながら、大きな声で祈りの言葉を叫ぶ。
「さーんげさんげ!」
「「「「「ろっこんしょーじょー!」」」」」
「さーんげさんげっ!」
「「「「「ろっこんしょーじょー!」」」」」
浄化の呪文が響き渡る中、零那たちはダンジョンの中を突き進む。
ついに、地下20階にたどりつこうとしていた。
★
「こ、これは……」
セーコは驚きのあまり、彩華の姿を見て固まった。
乾ききり、しわがれた死体であるセーコの肌にはまったく似合わないピンク色のドレスのスカートを、セーコはぎゅっと握った。
彩華の姿に恐れおののいたのだ。
その姿はあまりにも異形なものであった。
人間の身体をこのように変えてしまうなど、精霊の力でもなければ不可能だろう。
自らの娘を救うため。
そんな彩華の祈りは、エシュに届いたのだ。
セーコはその場にひざまずいた。
「さすがです、奥様……。これなら、あの山伏女も殺せるでしょう……」
彩華は静かに言った。
「そうね、私もついにエシュ様の眷属と認められたのかもしれないわあ……。エシュ様も、ご自分のお子を救いたいのでしょう。でも――」
「でも?」
「あの山伏、今の私でさえ倒せるかわからない――。あれは規格外の強さよお……。人間をやめているレベルだわ……」
「しかし、今の彩華様ならば」
「いいえ。念には念を入れた方がいいわあ……」
そして、彩華は最後の準備を始めた。




