第105話 目をつぶったまま
法螺貝の音が通路内に響き渡った。
指向性のある音波である。
絡めとられているクーを避けて音の衝撃が蛇たちを襲う。
多量の蛇たちは零那の法螺貝アタックになすすべもなくばらばらになっていく。
「もー怒ったわよ、私! 覚悟しなさい!」
そして零那は法螺貝の吹き口の部分を握った。
怒りに燃えるその姿は、まるでこん棒を持った鬼のよう。
「クーちゃんを……返しなさーーーーーーーーーーーい!!!!」
法螺貝のこん棒を持った零那が蛇の塊へと突っ込んでいく。
襲い掛かってくる蛇たち、その一匹一匹を法螺貝で叩き落していく。
「この! こんの! このこのこの!」
数十、数百の蛇たちが零那に向かってくるが、そのすべての頭を叩き潰していく零那。
「あはは、お姉さま、やっぱりすごいねー」
零那に治癒法術である程度回復してきていた虹子は、ちぎれた自分の足を抱えたまま笑った。
「めちゃくちゃだな……。あの蛇のモンスターを物理でやるつもりか……?」
トメも呟く。
虹子が今度は羽衣の方を見てみると、羽衣はアルフスの口に梅干しを突っ込んでいた。
いやがるアルフスを押さえつけ、
「ほら、これ食べるの! いっぱい食べて!」
あまりの酸っぱさに、鳥のくせに涙を流していやいやするアルフス、無情にもそのクチバシの中へつっこまれまくる梅干し。
それを見て虹子はまた笑った。
ああ、いつもの大騒ぎだなあ。
そこへころころと氷の球体が転がってきて、虹子のそばでポン! と音をたてて割れた。
中から出てきたつららが、あたりをキョロキョロと誰かを探しているようだ。
「トメお姉さんは? ……あ、いた。バスタオル一枚……えっちだねえ……」
「あの……あなた、誰?」
虹子がつららに聞いた。
「私? 私はね、つらら。つららはね、あのトメお姉さんの弟子……みたいなもんなんだよ」
「え、ちょっと待って、あなた、私とどこかで会ってない?」
「そうだっけ?」
「うん。えーとどこだっけなあ……」
そこにトメが近づいてきた。
トメの身体はもうほとんど完治していた。
バスタオル一枚で身体を隠すトメの肌は、つららほどではないにせよ、白くてキメが細かい。
胸のあたりにチラリと覗く呪いの刻印はそのままだった。
トメは虹子に言う。
「それには事情があるんだ。私は虹子に謝らなければならないことがある。ずっと黙ってたんだ……。それは、」
と、その時。
零那の身体が蛇に包まれてしまうのを虹子たちは見た。
「お姉さま!」
虹子が叫ぶのと、零那を包んでいた蛇の大群があっという間に爆散するのとはいっしょだった。
蛇がからめとっていたクーが、空中から落ちてくる。
零那はそれを優しく受け止めた。
「クーちゃん、大丈夫!? まだ息はある……。梅干し食べれば元気になるから! 梅干し好きでしょ、クーちゃん!」
クーは目をつぶったままぐったりとしていたが、零那の問いにはかすかに首を振った。
「好き嫌いは駄目よ。じゃ、羽衣のところまで飛んで行って!」
そして零那はクーの身体を見事なフォームで羽衣の方向へとぶん投げた。
「にゃおおお!?」
ぶん投げられたクーは翼を広げる間もなく羽衣のところに到着。
羽衣はそれをドッジボールの球を受けるかのように胸のあたりでキャッチすると、
「クーちゃんも梅干し!」
いやいやをするクーのくちばしに無理やり梅干しを突っ込み始めた。
零那はそれを見届けると、コーポ・デ・スキュリに向き直る。
「さあて、お仕置きの時間よ……」
コーポ・デ・スキュリの身体からは、新たな蛇が次々と生えてきている。
だが、その全力の攻撃をすべて零那に完封されたコーポ・デ・スキュリはかなり疲弊しているようで、零那から距離をとるように後ずさった。
しかしもちろん、零那は許すことなどしない。
大切な友達をこんなひどい目にあわされたのだ。
それ相応の報いは受けるべきだと零那は思った。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
零那は空中に指で九字を切る。
そして不動明王の真言を唱えた。
「ソワタヤ ウンタラタ カンマン!!」
さらに叫ぶ。
「南無俱利伽羅龍王! 不動明王様がお持ちなる剣の力を与えたまえ!」
倶利伽羅龍王とは不動明王が持つとされる、邪を斬る大剣のことである。
とたんに、零那が握っていた法螺貝が炎に包まれ、その形を変えていく。
刀身の長さ3メートルの、炎をまとった剣が、零那の手にあった。
「ム……ゴ……ゴ……」
全身から大蛇の生えた人型のモンスター、コーポ・デ・スキュリは明らかに恐れの色を見せ、零那に背中を見せて逃げ出そうとするが――。
それを許すほど零那はのろまではない。
ほんの数秒でコーポ・デ・スキュラの間近まで接近する。
零那の深く輝く瞳が、コーポ・デ・スキュリの身体の動きを完璧にとらえていた。
「地獄で反省しなさーーーーーーーい!」
零那が剣を振り下ろす。
一瞬であった。
コーポ・デ・スキュリの身体はまっぷったつに割れ、紫色の血しぶきをあげながら、あっさりと地面に倒れた。
蛇たちの目からも光が消えた。
もはやその生命活動を停止してただの死体となっていた。
「すっごーーーーーい!」
ヤミがパチパチと拍手をしている。
零那は死体となったコーポ・デ・スキュリにはもう興味を亡くしたかのように振り返り、
「虹子さん! 足! 足を!」
そう叫んで今度は虹子の元へと走った。




