第104話 甲乙丙丁
音速を超えるスピードで走る自転車、それを漕ぐ零那の目には、ちぎれた自分の足を抱く虹子の姿と、床に落ちてピクピクと痙攣しているアルフス、そして無数の蛇にからめとられたクーの姿がはっきりと映った。
「やってくれたわねえええ! 行け、コーちゃん、オツちゃん、ヘイちゃん、テイちゃん!」
そう叫んで自転車につながれていた綱を切った。
四頭の黒毛牛は、音速のスピードのまま、
「モーーーーッ!」
と雄たけびを上げながらコーポ・デ・スキュリに向かって突進していく。
同時に、零那は自転車のブレーキをかける。
ギィィィィン! という音ともに自転車のディスクブレーキが真っ赤に焼け、自転車は嘘のようにピタリとそこで止まる。
その反動でトレーラーの荷台に乗っていたトメと、荷台のカゴにつかまっていたつららが前方に吹っ飛んでいった。
「うおおおおおバカがぁぁぁぁ!」
トメは叫びながら空中でクルクルと回転し、数メートル以上はある通路の天井に足を着いて衝撃を吸収し、さらにクルクルと6回転宙返りを決めながら床になんとか着地した。
トメは全裸にバスタオルを巻いただけの姿である。
ニンジャ装束は焼け落ちてしまったのだ。
一応予備は荷台にあるのだがもちろん着替えるヒマなどなかったのだった。
トメの身を守る唯一のバスタオルがヒラリと舞った。
「ぬおっ」
胸を隠しながらそれを空中でキャッチするとトメは素早くそれを身体に巻く。
まだ身体のダメージが回復しきっていないのか、
「きっついぞ、アホ山伏が……」
と呟いてへなへなと床に座り込んだ。
一方。
「ぎぃやぁぁぁぁぁっ!」
つららは悲鳴を上げながら前方にすっとばされていく。
「ヒィィィィ!」
空中を飛びながら目から涙を噴き出すつらら、その涙はすぐに凍って氷になる。
そしてコーポ・デ・スキュリに向かって突進する牛と一緒に蛇の大群へと突っ込んでいった。
そんなことにはかまわず、零那は自転車から飛び降りると虹子に駆け寄る。
「虹子さん! 大丈夫!?」
羽衣も、
「アルフス!」
と叫んで自転車トレーラーから飛び降りた。
そのままアルフスに向かって走っていく。
霊体であるヤミはブレーキの反動の影響を受けなかったのか、ポケーッとした顔で荷台に座っていた。
「虹子さぁん!」
零那は虹子に駆け寄る。
虹子は呆然とした顔で零那の顔を見つめている。
出血のせいか、顔色が悪い。
つららと同じくらい真っ白な顔になっている。
「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ!」
零那はすぐさま薬師如来の真言を唱える。
薬師如来とはその名のとおり、人々の病やケガを直し、救済する仏様である。
零那ほどの霊力をもつ人間が薬師如来の力を借りているのだ。
並みの回復術師を超えるほどのパワーを発揮できるのである。
柔らかな光が虹子の全身を包み込む。
「虹子さん、足が……。待ってて! 今軟膏持ってくる! このくらいならくっつくから大丈夫! でも、その前に! あいつをやっつけてくる!」
零那はくるりと振り向いて、コーポ・デ・スキュリの方を見る。
怒りのあまり、零那の眉は吊り上がり、その目はぎらついていた。
コーポ・デ・スキュリは四頭の牛の突進を、信じられないほど大量の蛇を生み出すことによって受け止めている。
牛たちは角をふりまわし、噛みついてくる蛇たちと闘っていた。
その傍らには直径一メートルほどの氷の塊が転がっている。
つららが自分を氷の球体で守っているのだろう。
クーはまだ蛇にからめとられている。
「こんのぉ! あんたなんか……! コーオツヘイテイちゃんたち! いったん引いて! つららちゃんもできればこっちに転がってきなさい!」
その声を聞いて四頭の牛たちは蛇に背を向けて撤退を始める。
その背中に大蛇が襲い掛かるが、瀕死のアルフスを抱いた羽衣が錫杖を振るって、
「セーマン! セーマン! セーマン!」
いくつもの光の五芒星を放出し、蛇たちを切り刻んで牛たちが引くのを手助けしていた。
さらには、氷の球体がこっそりとコロコロ転がって蛇たちから逃れようとしている。
零那は逆にコーポ・デ・スキュリに向かって走りながら、胸に下げていた法螺貝を口に当てた。
そして、こちらに向かってくる大蛇に向かってそれを思い切り吹き鳴らした。




