第100話 日本で人生を生きて行く
落とし穴の壁にさかさまに貼り付いたまま、キブングが虹子へと近寄ってくる。
虹子はキブングに向かって三点バーストモードで引き金を引いた。
狼に似た顔のキブングは、虹子を睨みつけている。
背中に開いた口から伸びる舌が、うにょうにょと動いて虹色の弾道を残して飛ぶ弾丸を叩き落す。
一歩。
また一歩。
キブングがこちらに近づいてくる。
「お願い……当たって……当たって!」
タタタン! という発射音とともに弾丸は何発もキブングに向かっていく。
しかし、まったく当たらない。
いや、一発はキブングの身体に当たった。
しかしそれは金属音とともに弾かれてしまった。
「どうする……どうする!?」
目の前にいるのは危険レベル5のモンスター。
下で待ち構えているのは危険レベル4のアルマードベアだ。
――どうせなら、危険レベル4の方がマシ!
虹子はそう判断する。
そして、腰にぶら下げていたもう一つの武器を取り出す。
それは、手榴弾だった。
もちろん、爆薬がつまっているわけではない。
虹子があらかじめ魔力を込めている手榴弾だった。
そうは言っても、虹子の魔力でアルマードベアやキブングをどうこうはできなそうだった。
しかし、一瞬隙を作ることくらいはできるだろう。
虹子は構えていた小銃を太ももに挟むと、虹色の綱が伸びている拳銃型の魔導銃を手に取る。
そして手榴弾のピンを口に咥えて抜いた。
「とりゃあ!」
そのまま下にいるだろうアルマードベアに向けて下に投げつける。
数秒後。
大きな風船が割れたかのような破裂音が響き、虹子の足の下がまぶしいほどに光った。
「グガオオォ!」
アルマードベアの咆哮が聞こえる。
その瞬間、虹子は魔導銃から伸びている綱を切る。
支えを失った虹子の身体は、落下を始めた。
風切り音を聞きながら、虹子は自分の落ちていく速度を見極める。
「一、二、三……今!」
虹子は再び魔導銃を壁に向けて発射した。
壁に埋め込まれた弾丸からはさきほどと同じように虹色の綱が形成される。
虹色の綱は虹子の体重を受けてグイーンと伸びた。
だが、目測を誤ったようで、
「うわ! うわ! まずい!」
そう思ったときにはすでに、虹子は足から床にたたきつけられていた。
しかし、綱のおかげでかなり衝撃は和らいでいて、即死するほどではない。
だが。
虹子の目に映るのは、床に転がる小銃、そして曲がってはいけない方向に曲がっている自分の足だった。
★
「奥様」
タブレットを眺めながら、壺を抱いている彩華にセーコが聞いた。
「あの西村という男は誰です?」
「ふふ、まあ実在の人物ではあるわ。公安にもマークされているテロリストよお」
「そんなのも仲間に入れていたのですか?」
「まさかあ。あれ、AIで作ったフェイク動画よお。今のAIは優秀ねえ。実際の西村はすでに死んでいるわ。隠れ場所を提供するってそいつの仲間ごと騙して殺したわ。テロリストって行方不明になっても面倒がなくていいわねえ。公安も仲間がかくまっているって思っているでしょうね。西村はすでにエシュ様のお力の一部になってくれたわあ。セーコ、もう一杯ちょうだい」
彩華がグラスを差し出すと、そこにカシャーサを注ぐセーコ。
「しかし、奥様。なぜわざわざ西村という人物をAIで……?」
彩華は呆れたようにため息をついた。
「あのねえ。私はこれからも日本で人生を生きて行くの。まさか私が黒幕だって世間に公表するわけにはいかないでしょ? 表向きはあの西村がやったことにするのよ。甘白虹子のスマホはハッキング済みだし、配信でバレることはないわ。私の赤ちゃんを復活させたら、私も日本で子育てしなきゃなんだから。指名手配とか冗談じゃないわあ」
「なるほど……」
彩華はカシャーサをチビリと口に含むと、妖艶な笑みを浮かべた。
「ふふふ、甘白虹子も無事捕らえられそうだし……」
「ここに連れてくるのですか?」
「もちろんよお。人質にするんだからね。奪還されちゃ面倒だからあのAI動画で騙したってわけ。まあ、人質と言っても……五体満足で歓待するわけじゃあ、ないわ……。ふふふ、殺さなければなにしてもいいって、あの子たちには言ってあるわよお……」




