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狂った世界の壊し方  作者: 深山モグラ
一章:一輪の花を咲かせて 前編
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空跳

「失礼します」


 一瞬、手が止まった。ドアノブに触れる指先に汗が滲んでいる。深呼吸ひとつ、意を決して空は扉を開けた。

 カチコチの姿勢で書斎へと入る。死神らと別れて三〇分。毒蛇にこれから大事な話があるだろうと告げられていた。今から話される内容はおおよそ見当がつく。異能力検証の時に言われたからだ。そして分かっているからこそ緊張せざるを得なかった。


「そこに座れ」


 死神が指したソファに空が座る。机の上には先ほど入れられたばかりだと思われる紅茶が置かれているがそれどころではない。

 対面のソファには死神。隣に静かに佇む金髪碧眼の観測者。背後には沈黙を貫く三人ーーエンキの焦茶髪がわずかに揺れ、花屋の視線は和らげで、ブレインは書き込み中のメモから顔を上げない。組織に助けられてから今まで何度も聞いた話だ。この五人こそがsandersoniaの創設者にして組織を支える最初期の幹部たち。自身が得意とする分野において他の追随を許さない実力者だ。


「単刀直入に聞こう」


 死神は紅茶を一口啜ってから、淡々と言う。


「ここに残るか。それとも、出ていくか」

 

 ティーカップを置いた死神が告げた。分かっていた質問だ。だから空は答えを口にしようとした。だが、答えを言うより速く死神が手を差し出して待ったをかける。


「既に決断が出ているのならそれでもいいがメリット、デメリットの話くらいはしておこう。最初に組織に残るメリットだ。一つ、お前の能力解明を行う。二つ、組織の構成員としての地位と補助を受けられる。デメリットは組織のルールに従ってもらうことだ。何年もここにいるお前ならある程度の規則は知っていると思うが組織に入るなら契約書に名前を書いてもらう」


 空の反応を見て足を組み直した死神は話を続けた。


「組織に入らないことのメリットは一般の人間として街で暮らせることだ。対してデメリットだが私たちはお前にこれ以上手を貸さない。例え街に出て戸籍もないお前がどうなろうと関与するつもりはない。さあ、どうする?」


 予想通り、組織の者でない人物に手を貸すほど甘くはないと死神は断言する。


「俺は......ここに残ります」


 声は震えていた。でも、目だけは真っすぐだった。


「異世界人に復讐がしたい。それだけなら他にも方法はあります。でも......ここには家族のように接してくれる皆がいる。俺は、ここで戦いたいです」


 空が決断を下した。覚悟はできている。そう言わんばかりの気迫があった。だからこそ幹部陣の数名は不安そうに空を見た。


「そうか、ならこれに名前と拇印を押せ。そうすればお前は晴れて組織の一員だ」


 空の手元に一枚の契約書が出される。表には何条にもわたる契約文が記載され、最後に名前と拇印を押す箇所がある。裏は幾つかの幾何学模様が描かれ、それらが合わさり一つの模様となっていた。


 空は契約書の条文を読み込んでいく。特にこれといったことは無い。不必要に組織の内情を構成員以外に口にしてはならないといった文言から始まり、民間人との接触は最低限に留めることなどがある。

 中には名前を捨て組織から与えられたコードネームを名乗るようにといった契約内容もあったがここで暮らしてきた空にとってコードネームは身近なものだったため不満は無い。

 契約を無視した際の罰則やその他にも条文はあったが問題はないと判断し、空は契約書に名前を書き、拇印を押した。


「これで契約はなった。改めて歓迎しよう、空跳」


 火の粉が舞い、契約書が灰へと還るその時。空跳の胸に、新しい名が、静かに落ちていく。両親を亡くした事件から約八年、一三歳となった夜久空改め空跳は正式にsandersoniaの一員となった。




【Tips:sandersoniaは日本に拠点を置く組織の一つであり、魔物の討伐に人殺し、要人の護衛と幅広く活動している】




 契約が終わり空跳は組織の一員となった。そうは言ったもののこれまでと体感変わりがないため口籠る。それを見てかエンキが口を出す。


「空跳は俺のとこで面倒見る。文句ある奴は黙ってろ。......いねぇな? よし、決まり。死神、あとは任せた」

「早まるな。お前はそれでいいか?」

「あ、はい。毒蛇さんたちと一緒なら......不安は、ないです」

「じゃあ決まりだ」


 空跳の所属先を我先にと決めたエンキが片手を振るう。堅苦しいのは嫌いなのか、それとも怠惰なのかエンキは書斎の床を流動させ自分用の椅子を作り出して座った。


「エンキ君、行儀が悪いよ。椅子が欲しいなら言ってくれれば直ぐに出すのに」

「苛立ちを押さえろアホが」


 花屋が小言を言い、ブレインも眼鏡を指で直しながら呆れるように言う。二人の言葉を受けてもエンキは態度を変える気はないらしい。そればかりか二人用の椅子を生み出すと無言で席に勧める。何を言っても無駄かと思い直し、二人はエンキが用意した椅子に座った。


「でだ、空跳。いつから任務に出れる?」

「毒蛇さんからも組織に入れば異能の解析をしてくれるだろうと聞きました。なので俺の異能について詳しく分かってから任務に参加したいです」


 空跳も自身の異能について詳しく知りたいようだ。特に自身の異能力が他の転移異能力者に比べても差異が大きいと言われてしまえば今のままではただの劣化にしかならない。


「それが分かってんならいい。詳しい話はブレインに聞け」


 空跳の対応は間違っていなかったらしい。エンキは少し機嫌よさげにブレインへと話を振った。


「異能の調査になるとまず調査期間については長くとも一ヶ月といったところだ。空跳の異能が珍しい特異系その中でもさらに稀な空間に作用する能力であることを考えるとデータが少ないことを鑑みて最短一、二週間は掛かると見て間違いない」


 ブレインは端末を操作して空間にディスプレイを投影する。そして、そこに表示されたデータベースを漁りだした。


「運び屋の隔離世とは違い明確に座標間転移というのは分かっているが、それがどうしてああも魔力消費が多いのか気になる。それと一般に出回っている転移のデータでは心もとない。ここでしっかり調査しておくのが良いだろう」

「それなら私から九乃さんに頼んでみよう。異大ならある程度は纏まった情報を持っているはずだ」

「その件は死神に任せる。この時間なら情報部にも手すきの者がいるはずだ。早速調査を始めるとしよう。時間は有限だ」

「その前に、ね。空跳君にちゃんと装備の説明しておきたいの。今も緊張してると思うから」


 席を立ったブレインに待ったをかけたのは花屋だ。彼女は場所を移動し、空跳の横に座ると端末を操作して複数の画面を展開した。

 それから組織から支給される魔道具の数々について説明がなされる。正式に構成員となるまでの八年間、空跳はsandersoniaに居た。故に大抵の魔道具については性能を知りえている。そのため説明はスムーズに終わった。


「各々要件は終わったか。それならこれで終了だ。空跳はそのままブレインに付いて行け」


 颯爽と書斎を後にしたブレインの後を追うように空跳も部屋を出る。暫く話を続けた後、死神以外の三人も仕事に戻るべく部屋を出た。


 空跳が転移の異能力を得ることは分かっていた。そして、空跳に課される運命という名の試練の数々もいずれ訪れる。一人の少年に背負わせるには重すぎる未来も、しかし、死神は許容する。


 一人残った死神は草煙を一本取り出すと火を付け、口に含む。吐き出された煙は死神の心情を表すかのように重く沈み、重力を振り払うように霧散した。




【Tips:魔術刻印が刻まれ、魔力を消費することで効果を発揮する道具のことを魔道具と呼ぶ。魔道具は基本的に迷宮から産出されるがその性能、値段はピンキリである】

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