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狂った世界の壊し方  作者: 深山モグラ
一章:一輪の花を咲かせて 前編
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転移の異能力

 壁一面が書棚に埋め尽くされた部屋。その中心には会談用の長椅子と机、奥には重厚な執務机が据えられている。そこに座る男は何十枚と積み重ねられた書類を分け、判子を押していた。

 一八〇センチを超える長身に黒髪、そして冷静な輝きを放つ紫の瞳。彫りの深い整った顔立ちは、一見して只者でないことを示している。また、左右の耳に耳飾りを付けており、その内の片方、黒水晶の中に一輪の花が存在を主張する耳飾りが書斎の照明に照らされて怪しげな光を反射した。


「......九乃さんからの依頼とはいえ、これは...。私たちは政府の犬になるつもりはない」


 男は溜息を吐く。手に持った書類には迷宮調査の護衛を求めるといった内容が書かれていた。


「間引きなら引き受けないこともないが高々学生研究のためにイージス隊を使える程人員に余裕はない。それくらい百も承知だろうが」


 男は依頼書を振り分け、次の書類を手に取った。それからも次から次に書類を捌いていく。結果判子を押したのは全体の五分の一程だった。次の作業に移ろうとして、扉がノックされる。


「入るわよ」


 扉を開けて入って来たのは腰まで届く金髪を持つ女だ。モデルのように美しく、男を見る瞳は蒼色の色彩を放っている。


「次の任務はあそこに置いてある。運営部に渡してくれ」

「了解したわ。それより聞いて頂戴。空の異能が発現したわ」

「何......本当か?」


 男は書類を投げ出すようにして立ち上がる。それほどまでにその報告は重要なものだった。


「ええ、本当よ。後で報告書が来るわ」

「そうか。で、どんな異能だ?」

「転移よ」

「やはりそうなるか。前から分かっていたことだがいざその時になると、その眼が未来を視えることを否定したくなる」

「定められた運命だわ。今動かなくてもこの未来は変わらないもの。最善の未来を掴むには動くしかないわ。私はもう決心しているの」




【Tips:地球に属する人類は迷宮発生と時を同じくして魔力と呼ばれる未知のエネルギーを得た。魔力とは何か、何故そのようなモノを得たのかは未だ解明されていない】




 照明の薄暗い通路を、男が二人歩いていた。片方は中肉中背でパッとしない風貌の男。年は三〇代後半ほどだろうか。その男は無精ひげが生えた顎を触りながら時折後方を確認する。目線の先にはもう一人の男がいた。前を歩く男よりも二回り、いや三回りほど背が低く、黒髪の少年だ。どこか緊張しているのか歩く姿は硬い。


「あんま緊張するもんじゃないぜ、空。ただの能力テストだ」

「わ、分かってはいます。でも幹部の人たちが見るんですよね? 緊張して上手く使えるか...」

「あー、ま、分かるがそこまで心配するようなもんじゃないはずだ、多分」

「多分ってやめてくださいよ、毒蛇さん」


 少年ーー空は緊張のあまり、まるでロボットのように手足を同時に動かしていた。それを見た毒蛇は笑いながら緊張を和らげようと話を続ける。


「心配すんなって。俺も学生の頃は間違えて自分の毒をクラスのヤツにぶちまけたこともあるからよ」

「え、それ大丈夫ですか? 毒蛇さんの毒を浴びたらひとたまりもありませんよね?」


「今はな。だが、そん時は発現したてだったから威力なんてあってないようなもんだった。今思い返すとなついわ。ま、何が言いたいかっていうと発現したての異能なんて大したことない。だから失敗しても問題ないってことだ」

「それ失敗前提で話してませんか!?」


 空の反応を見てひとしきり笑った毒蛇はその場に止まった。そこには横開きの扉が設置されており、扉の上にあるプレートには第三訓練場と打たれている。


「あー笑った。良いじゃねぇか。緊張解れただろ?」

「余計に緊張してきましたよ!」

「そうか? まあ、お喋りはここまでだ。付いてこい」


 毒蛇は呼びかけると扉の端に付けられたボタンを押す。すると扉は横に開いていき訓練場の全貌を顕わにした。そこは高さ一〇メートル、広さ一〇〇平方メートルの白い空間だ。部屋の所々に罅割れや焦げ付いた痕が見える。


「失礼します。空を連れて来ました」

「二人とも入ってくれ」


 空と毒蛇の二人は死神の言葉に従い部屋に入る。部屋にいるのは計五人だ。死神の横に並ぶ面々を見て空は迫り来る魔力の圧を錯覚した。


「異能が発現したようだな」

「は、はい」

「詳しい話は見てからだがその前に一つ聞きたいことがある。意思の確認だ。ここに残るか、それとも外の生活に戻りたいかだ」

「俺は......母さんや父さんを殺した異世界人を、絶対に許せません」


 空の声は震えていたが、目だけは真っ直ぐに死神を見据えていた。


「だから、ここを出るなんて......考えられません」


 質問に答えた空は射抜くような死神の視線に抗う。非常に強い重圧が圧し掛かっているようで額に汗を浮かべるがそれも直ぐに霧散した。


「そうか。準備の方はどうだ?」

「何時でも問題ないわ」


 死神の問いに答えたのは金髪青眼の女、観測者だ。彼女は訓練場の壁側まで移動すると部屋全体を視界に収めた。


「エンキ、訓練は何処まで済んでいる?」

「ある程度は終わってたはずだ。詳しいことは知らねぇ。毒蛇に一任してるからな」


 エンキと呼ばれた男が答えた。気だるそうにこの場に居るが死神よりも背が高く、焦げ茶色の髪が目立つ。何より男から放たれる魔力が殺気のように振りまかれ、エンキという存在をより強く印象付けている。


「空は特異系の中でも珍しく五系統の魔力性質が突出しているので全性質に関して基礎は滞りなく出来るように訓練させました。また体術についても問題ありません」


 死神の視線を受けて毒蛇は現状を伝える。空も自分のことで毒蛇の言葉は間違っていないため軽く頷いた。


「異能については?」

「発現からそれほど日数が経っていないので詳細までは分かっていません。ただし空間を移動できるようです」

「それは報告を受けている。空、自身の異能について分かるか?」

「毒蛇さんの言った通り、空間を移動できる転移の異能力です。条件は、目視した場所。移動できるのは自分だけ...あ、服も一緒です」


 自身が指名されたことに焦り、空は早口で感覚的に理解した自身の異能力の効果を喋る。空も唐突に異能力が使えるようになったため詳しくは分からない。だが発現と同時に自身の異能力がどのようなものか、元から備え付けられていた機能のように脳内に情報が加わっている。


「連続で何回ほど異能を使った?」

「まだ三回です。それ以上は苦しくなって使えませんでした」

「報告通りか。それにしても空関係にしては珍しいな」

「だろ? 俺も何かあると思うぜ。空間移動系の能力者は珍しいがレベル三のやつでも軽度の使用なら三回程度でへばることはねぇ」


 死神とエンキが空の異能力について考察を始める。その内容を聞き空は肩を落とした。自身が分かるのは今語った内容だけであり、それ以上は分からない。だが、話を聞けば自身と同じ異能力者は空よりもレベルが低いのに能力を多用出来るらしい。


「とりあえず一度使ってみろ」

「分かりました」


 空は集中すると自身の体内を巡る力に触れる。俗に魔力と呼ばれる力は思い通り、徐々に体内で集まり異能力としての力を振るった。空の異能力は空間の移動を可能とする。故に元の場所から消え、一〇メートル離れた前方に現れた。


「どう、でしょうか?」

「私が知っている空間転移だ。お前たちはどう思う?」

「俺も同意見だな。ただ消費魔力がヤバいんだろ?」

「そうね。能力を使った時、膨大な魔力が視えたわ。普通の転移じゃありえない量よ」

「...私たちは一度戻る。これからの道筋は、追って示そう」


 死神はそう切り出すと訓練場を後にする。その後ろを残りの幹部陣が続いた。




【Tips:地球に属する人類の最大魔力容量は生まれた時から決まっているとされる。そのためどのような手段を講じようと永続的に最大容量を増やすことは出来ない。ただし、例外は存在する】




 異能力の検証はあまりにもあっけなく終わってしまった。空は、どこか置き去りにされたような気分になる。


「な、言ったろ?」


 毒蛇が得意そうに笑う。こうなることは分かっていたようで空の肩を軽く叩くと自ら訓練場を出た。慌てるように空も毒蛇を追いかける。


「あんな早く終わるんですね。てっきり精密機器で測定とかするのかと思ってました」


 訓練場から出た空は先を進む毒蛇に先ほどのことについて尋ねた。彼の頭の中では大型機械に囲まれ、一挙手一投足すらも検査される自分がいた。


「本当はな。お前が組織に入ることになればじっくり検証されると思うぞ。その良く分からん魔力消費のことについてもな」

「組織に入ればですか。もし入らなければどうなるんですか?」

「そりゃあ、そのままほっぽり出されるだろ」

「あのー、俺ここ以外のこと分かんないんですけど。大丈夫なんですかね?」


 今の状態で外の世界に出た自分を思い浮かべながら疑問を口にする。組織に助けられてから今日まで多くのことを教わった。教養、魔力の扱い方、戦い方などだ。しかし、此処と外の世界が全く別なことを空は知っている。


「いやー、ヤバいだろ。お前ほどの能力者が地上に出て見ろ。一瞬で政府の人間が飛んで来るぞ。その年になっても学校に行ってないどころか死んだと思われている夜久空が生きているとなれば良くて身柄拘束、最悪異界大陸にとばされるかもな」

「そこまでですか...」


 空は一度、歩みを止めた。胸の奥に、知らない不安がじんわりと広がる。


「元から幹部陣はそのつもりでお前を助けたんだろ? まあ運営部の統括なんかはお前が組織に入らなくても手を貸してくれると思うがな」


 これからの生き方は既に決められているのかと心に影が差す。しかし、口を開こうとしても助けられた手前文句を言うことも出来ない。それに今の生活に不満があるわけでも無かった。


「でもよ、その顔。ここに残る気だろ?」

「まあ、そうなりますね」

「良いんじゃないか? 理由はどうあれここは悪いとこじゃねぇよ。やってることも自衛隊にいた時と大して変わんねぇしさ」


 毒蛇と空は通路を歩き、居住区に向かうエレベーターに乗る。直ぐに音声が到着の合図を出し、エレベーターを降りた二人は居住区の一角に腰を下ろした。


「ボスからの用件が来るまではのんびりしてようぜ。今日は俺も暇だからよ」


 椅子に座りながらテレビをつけた毒蛇が言う。


『本日のニュースです。昨夜、政府により奥多摩迷宮での間引きが完了したとの発表がありました。これを受け防衛省は明日にも探索者への解放を行う方針です』


 ニュースの内容を聞いて空は毒蛇を見た。ここ一週間ほど毒蛇は任務に出ていたからだ。記憶が正しければ間引きに行くと言っていたはず。そんな空の視線に気づいたのかニヤリと笑う。


「そうだぜ。ここの間引きは俺らも手伝った。組織に入ればその内こういう任務も受けるだろうよ」

「凄い。ニュースになるんですね」

「今回の依頼はな。魔物関係かつ明るい話しだからよ。それに自衛隊が主に動いていたからだな。普段の任務の話なんかニュースになんねぇよ。余計なこと言って首が締まるのは向こうだからな」




【Tips:激動の時代にあっても、日本の生活水準は一定の安定を保っている。これは単に異能力者のおかげと言えよう】

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