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狂った世界の壊し方  作者: 深山モグラ
一章:一輪の花を咲かせて 前編
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天上の一柱

「やっと終わった」


 疲弊しながらもどうにか林を抜けた空跳は平原に腰を下ろした。


「おいおい、拠点に帰るまでが、だぜ」

「すみません。でも少し休憩を下さい。もうヘトヘトです」


 座りながらも器用に頭を下げる空跳は毒蛇からの許可が下りると大の字になって寝転んだ。既に太陽は沈み、夜空には星々が輝いている。


 林での戦闘は熾烈を極め、中には毒蛇の助太刀が入ることもあった。それでも大傷一つ付かずに生還できたのは単に空跳の実力だ。


「にしても兵種の魔物が多かったな。それに一体だけオーガもいやがった。全くクソったれな世界だ。後、お前は自分の異能を信じることだな。想定外を前に呆気に取られるのはお前の悪い癖だぞ」


 空跳が戦ったのは兵種と雑種の魔物だけだ。鎌鼬から始まり化け樹、豚鬼、小鬼、中鬼(ホブゴブリン)大蜂(キラービー)喰い草(グラスイーター)などが挙げられ、毒蛇の助けもあって兵種の中でも上位の強さを誇る赤鬼(レッドキャップ)も討伐出来た。

 しかし、それ以外にも大鬼(オーガ)と呼ばれる長種中級の魔物が現れた。三メートルは優に超え、全身を筋肉という名の装甲で覆った牙の生えた人型の魔物だ。


 大鬼が姿を現した瞬間、毒蛇は空跳に後ろへ下がるよう命じた。だが、兵種を相手に勝ち進んでいた空跳は共に戦うと譲らなかった。渋る毒蛇だったがこれも一つの経験かと許可をした。

 初動は空跳が取った。流石の空跳でもいきなり近接戦を仕掛けるのは危険だと考えたのか銃での牽制だ。小手調べのつもりだった。それでも射出された弾丸が大鬼の胸に直撃し、弾丸が潰れ、運動エネルギーを全て使い切り地に落ちたことに唖然としてしまった。


 それもそのはず長種の中級に属する魔物を倒すには現代兵器基準で戦車が必要だと言われているのだから。だが、隙を晒すのはあってはならないことだ。兵種相手でも隙を晒せば命に関わるというのにさらに強力な長種の魔物がそれを見逃すはずがない。

 加えてその個体は少し強力だった。自衛隊が地上の魔物を討伐しているといっても日本という広大な領土全ての魔物を倒すことは出来ない。故に長く生き、人を喰らい魅せられたその大鬼は人が持つ魔力に敏感だった。


 目の前に居るのは魔力が多い餌。これを喰らえば上位の存在へと至る可能性がある。そう感じ取り、本能のままに空跳に飛び掛かったのだ。

 地面は当たり前のように爆ぜ、一歩進むごとにクレーターが出来上がる。そして、振り下ろされた拳が空跳を襲った。


 大鬼にとって幸運だったことは戦闘経験に乏しい極上の餌がいたこと。対して最大の不運は生物相手に特化した毒蛇がいたことだろう。

 大鬼の放った拳は粘性を持つ毒に絡めとられる。ただし、全ての衝撃を吸収することは出来ず毒は飛び散り、風圧が空跳のいた場所に叩きつけられた。空跳は毒蛇に放り出されてその場から離脱出来ていたため無事だったが、もしもその場に留まっていれば風圧だけでも怪我を負っていたはずだ。


 大鬼は怒り狂っていた。目の前の餌を喰らうことも出来ずに華奢な存在が自慢の一撃を防いだからだ。逆に相対する毒蛇は冷静に魔力を練っていた。毒蛇からしても大鬼、中級の魔物は骨が折れる。幾ら特効を有する異能力が使えても単純な身体能力では足下にも及ばないからだ。だからこそ魔物相手に長期戦は悪手、最大の一撃を最速で叩き込むことが重要となる。

 邪魔な存在を殺そうと大鬼が動き出す。だが、それより前に毒蛇の準備が整った。その時のことを空跳はよく覚えていない。毒蛇に放り投げられた時に運悪く頭を打ち、一時だけ記憶が曖昧になっているからだ。だが、毒蛇に起こされた時には大地や樹々が枯れ、その中央に身体の一部が溶かされた大鬼の死体があった。


「明日は雨ですかね?」

「急にどうした? 落ち込み方独特だな」


 今日は散々だったがなと頷く毒蛇に空跳は違いますよと上空を指さした。そこには星々に照らされながらも往々にして稲妻を煌めかせる積乱雲があった。雷鳴が聞こえないくらい遠くだが空跳の場所からも見える程に巨大だ。


「珍しいな。空跳も拝んどけ」

「え? 何がです?」

「あの積乱雲だよ。あれは魔物だ」

「魔物!? ヤバいじゃないですか。あんなんオーガが米粒に見えるくらいデカいですよ! 絶対に勝てませんって」

「ああ、勝てねぇだろうな。人類が束になってもアレに傷を付けられるかどうか。俺でも秒殺される自信がある」

「だからなんでそんなに落ち着いてるんですか! ボスに連絡しますか? でも俺じゃ出来ないか。毒蛇さん、連絡しないと」


 積乱雲が魔物だと聞かされ、なんとなく近づいてきているような錯覚を受けた空跳が慌てる。毒蛇で無理なら今の空跳が何をしても無意味なのだがそれでもエクスプロードを構えた空跳に笑いながら毒蛇が伝える。


「アレにもし攻撃する意思があればとっくに人類は滅んでるって」

「...それは、そうですね」

「名前くらいは聞いたことあると思うがアレが天候の支配者、ユピテルだ」

「ユピテル...あのユピテルですか?」

「ユピテルは一体しかいないが多分そのユピテルだな。魔神なんて呼ばれる魔物の最上位の存在。支配種終焉級(ハイエンド)の内が一体、雷雲龍ことユピテルだ」


 支配種終焉級と呟きながら積乱雲を眺める。本当にアレが戦う意思を持っていないのか、空跳は心配で仕方ないようだ。エクスプロードは既に鞘に収まったが空跳の魔力が高まっている。その様子をオーガ戦で戦意が研ぎ澄まされた状態の毒蛇は感じ取った。


「でも雷雲龍というわりに龍の姿してませんよね?」

「ユピテルは天候を操るからな。本体はあの雲の中にいるんだろ。異界大陸の出現と同時に発見された時は黄金に輝く龍の姿だったと聞くぜ」


 話を聞いている内に警戒していた自分が馬鹿なように思え脱力していく。それに龍は浪漫だといわんばかりに空跳は空を駆ける黄金龍を思い浮かべた。


「昔、北の国が我が国の空域を侵す愚か者に鉄槌をとか言って核ミサイルを何十発もぶち込んだ話知ってるか」

「それ聞きました。ユピテルの怒りを買ってはならない、怒りを買えばかの国のように焦土となるのだからってやつですよね?」

「そうそう。龍に魅了された龍神会なんてのもあるくらいだしな。何はともあれ、アレ系は干渉しなければ手を出してこないから心配するだけ無駄だぜ。それにアレと同格の魔物は何体かいるしな」

「本当ですか、それ!? 教えてくださいよ」

「仕方ねぇな。詳しくは知らねぇけどーー」


 毒蛇たちは日本の女木島、別名鬼ヶ島を占領する酒呑童子の話をしながら八王子都市に戻るのだった。




【Tips:迷宮が発生してから約一〇年後、異界大陸の出現と同時に異世界人と支配種終焉級の魔物が現れた。加えて、その時期から地上での魔物出現が確認されている】

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