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狂った世界の壊し方  作者: 深山モグラ
一章:一輪の花を咲かせて 前編
11/48

成長

 犬獣(コボルト)が空跳目掛けて飛び掛かる。それに対して攻撃を掻い潜った空跳は犬獣の首を掴んで地面に叩きつけた。首が折れた犬獣は息絶えるが一息つく暇もなく魔物は攻撃を仕掛けに来ている。


 深度一の八王子迷宮に挑むこと数十回。三体相手に苦戦していた初日が嘘かのように空跳は一〇体規模の集団でも問題なく捌けるようになっていた。


 猫妖(ケットシー)と呼ばれる二足歩行の猫姿の魔物が樹の上から奇襲をかける。魔力による空間認識によって奇襲を事前に察知していた空跳は前に踏み出ることで攻撃を躱し、振り返って猫妖の首を短剣で切り裂いた。

 傷が深く、放置してもそのうちに息絶えるだろうと判断した空跳は次の標的に目を向ける。瞬間、空跳の姿は消え、標的にした小鬼の背後に現れた。


 小鬼(ゴブリン)は空跳が急に消えたことで驚き、探そうとして首を回した。その直後、視界が闇に覆われる。小鬼は背後に転移した空跳に気づくことなく死を迎えたのだ。


「後三体」


 転移したことで残りの魔物の背後を取っている空跳は冷静に状況を確認した。残っている魔物は犬獣二体に化け箱(ミミック)と呼ばれる箱型の魔物だ。


「ウゥゥバウ」


 犬獣の内一体が後ろにいる空跳に気づいて声を上げた。鼻をひくつかせているので臭いを頼りに発見したのだろう。


「クゥウゥン!」


 その犬獣は空跳を見つけるやいなや速攻で踵を返して逃げ出した。明らかな数の有利を瞬く間にひっくり返され、勝てないと悟ったからだ。

 しかし、見す見す逃がすわけもない空跳は未だ背を向けている犬獣に短剣を投げつけ、逃げ出した犬獣の方向に転移した。


「グルゥ、ウゥ...」


 目の前に空跳が現れ、足を引っかけられたことで派手に転倒した犬獣が吠える。だが、次第に声は小さくなって息絶えた。


「よし」


 周囲にこれ以上魔物が居ないことを確認してから残心を解いた空跳は足下にいる犬獣の背中に突き刺した短剣を外し、手袋を着用して魔石を取り出す。この作業も慣れたもので周囲に倒れ伏す死体の魔石を抜き取ってから一ヶ所に集め小山のように重ねた。


「大分さまになって来たな」

「何百とこなしてますからね。これの処理をお願いします」


 戦闘に手を出さないように樹の上で待機していた毒蛇が降り立ち、空跳を褒める。それから何時ものように異能力で毒を生み出し、魔物の死体を溶かしてしまった。本来なら魔物の死体は組合に持って行くことで焼却処理されるのだが個人で処理が可能な毒蛇には関係のないことだ。


「最後はミミックか。使えるもんだといいな」

「ですね。魔道具とか期待してます」

「魔道具なら持ち帰れないがな」


 空跳は最後の魔物、化け箱を見る。化け箱は箱型で近づいた相手を捕食するタチの悪い魔物だ。何故なら迷宮には化け箱と全く同じ形をした箱が存在しており、中からはアイテムが出てくるからだ。

 俗に宝箱と呼ばれる箱にはポーションや貴金属、果ては魔道具も入っていることがある。それらを求めて箱を開けたら化け箱だったという例は案外多い。ただし、二人の会話から推察できる通り化け箱も何かしらのアイテムを所持していることがある。


 そして空跳の場合、空間認識の応用でこの宝箱に魔力が宿っていることを見抜いている。物に魔力が宿ることは基本無いので化け箱で確定だった。

 バンと銃声が鳴って化け箱を打ち抜く。それと同時にガラスを引っ掻いたような音をたてて箱が開き、気色が悪いピンク色の内部を見せつける。箱の内部には何百とギザギザとした歯が生えているため噛み付かれれば堪ったものでは無いだろう。


 それから瞬きもせず、化け箱が息絶えるまで銃声は鳴り響き、遂には弾丸を撃ち込まれても反応がなくなった。容易に討伐して見せた空跳は化け箱に近づき、躊躇なく口内に手を入れる。そして、中身を物色するように手を動かし、魔石と鈍色に輝く物体を取り出した。


「鉄ですかね?」

「鉄だな」


 それハズレとでも言いたげに鉄を指さして笑う毒蛇を見て何とも運が無いと苦笑する。これまでの探索で何度か化け箱を見つけているが未だに当たりと呼ばれる部類の品を入手したことが無かった。


「キリが良いから今日はこの辺で戻るぞ。この後はサプライズの時間だ」

「サプライズ! 何かプレゼントとかですか?」

「ここを出てから教えてやる」


 気になりはしたものの迷宮を出れば教えて貰えるということで特に言及することなく毒蛇の後を追う。勿論警戒は忘れていないが襲われたところで返り討ちに出来る実力は既に身についていた。




【Tips:魔道具は迷宮から産出される。宝箱の中から見つかることや魔物が所持している場合もあるが基本は迷宮のどこかに落ちている。そのため魔物によって破壊された魔道具もしばしば発見される】




 迷宮の門を潜り抜け、その先にある防壁の門も通り抜けた二人は八王子都市とは反対方向に向かって歩いていた。


「どこに向かってるんですか?」

「奥多摩迷宮だ」

「奥多摩迷宮って深度三ですよね。俺入れなくないですか?」

「ああ、入れない。てかそっちの方面に向かってるだけで実際入る訳じゃねぇから問題ない」

「どういうことです?」

「これがサプライズだ。お前、まだ迷宮の雑種しか相手したことないだろ? だから兵種と戦闘してみな。今のお前なら気を抜かなきゃ、やれるだろ」


 兵種と言われて直ぐに思いついたのは豚鬼(オーク)と呼ばれる豚顔の人型魔物だ。実物を見たことはあるが実際に戦ったことは無い空跳はイメージで豚鬼を倒せるか考える。結果問題ないだろうと判断を下した。

 二メートルほどの体躯は筋肉と程よい脂肪で包まれ、ただの短剣では歯が立たないかもしれない。だが、転移を使用すれば大ぶりな攻撃しかしない豚鬼に後れを取ることはない。


「都市から離れれば何体かは見つかると思うんだよな。最近は中級の目撃情報もあるからよ」

「それ俺も聞きました。でも中級の魔物が出現するのってそんなにヤバいんですか。深度三の迷宮にもいますよね?」


 中級は兵種の一つ上、長種に分類される。代表的な魔物は大鬼(オーガ)だろう。兵種下級の豚鬼と比べ大鬼は弾丸すらも弾く身体、鉄すらもねじ切る腕力を有し、討伐するには重火器が必要といわれている。


「そりゃぁやべぇよ。相手にもよるが俺でも勝てないのもいるくらいだからな。小銃とか通用しないし、戦車引っ張って来ないと異能を持たないやつは手出せねぇぞ」

「でもそのために自衛隊がいるんですよね? 幾ら中級でも問題ないんじゃ」

「数体なら確かに問題ないだろ。だが、何十体とかの規模で出現したら被害無しとはいかねぇ」


 その後も魔物について話をしながら二人は平原を進む。道中小鬼や粘性体といった雑種の魔物と遭遇したが空跳が出合い頭に一撃で仕留めた。そのため進行速度に変わりはなく数時間もすれば林道が見えてきた。


「あの林道を進めば奥多摩迷宮に着くが俺たちは適当に林の中をうろつくぞ。上への警戒も忘れんな」


 空跳は深呼吸をしてから林へと足を進める。目視によって左右前方を確認し、後方と上空は認識空間に意識を割くことで全方位を網羅した。しかし、ズカズカと進んで行く毒蛇に付いて行くのがやっとの状況だ。

 毒蛇は後ろを何度も振り返って警戒する空跳を見るがこの程度は片手間にこなせというかのように歩くペースは変わらない。


 それから半刻ほど時間が過ぎ、空跳の集中力が切れかかった頃にソレは現れた。突如、目を見張る速さで認識空間の後方に侵入者が入り込んだのだ。咄嗟に短剣を抜き取り、振り返りながら剣を構える。

 僅かに空跳がソレの存在に気付くのが遅れていれば危なかったかもしれない。


 ガギィンと金属同士が激しくぶつかり合う音が林の中に響いた。短剣が火花を散らし、空跳が吹き飛ばされる。

 小鬼などとはレベルが違う。早くも立ち上がった空跳は既に目の前に迫っている存在を見て即座に転移する。

 同時に破砕音が響き空跳が元いた場所の後方に生えていた樹が大きく削り取られた。


「あれは鎌鼬ですか?」

「正解。あれで下級だ。気を引き締めてけよ。へますると切り殺されるぞ」


 毒蛇の隣に転移した空跳は魔物の正体を言い当てた。図鑑で見たこともあるし、解体したこともある。しかし、これ程強い魔物だとは思わなかった。刃物で迎撃しているのに相手側には傷一つないのがその強さを顕著に表している。


「シィィイシャ!」


 鎌鼬が飛び出す。突風でも起きたかのように土埃が巻き上がり、瞬く間に距離を詰めてくる。

 いつでも来いと剣を構える空跳だったが鎌鼬の標的は毒蛇だった。対する毒蛇は無防備だ。何時も任務で持っていく槍は今日も携帯しておらず、装備も碌に着けていない。どう対処するのか、助けに入った方がいいのか空跳は迷った。


「お前の相手は空跳だ」


 鎌鼬は跳躍し、剣のように鋭い尻尾を毒蛇に叩き込んだ。だが、それは紫色の棒によって受け止められてしまう。液体が滴るそれは毒蛇の異能力の産物だろうか。樹を削る鎌鼬の一撃を受けても傷一つ付かず微動だにしない。

 それを片手でやってのけた毒蛇は空いている手を横に薙ぎ払う。薙ぎ払いの動作と共に掌から液体が溢れ、棒を形成する。そして真横から鎌鼬を吹き飛ばした。


 樹に叩きつけられた鎌鼬は立ち上がって毒蛇を睨むも相手が悪いと思い直したのか空跳に視線を向ける。

 毒蛇が戦闘の邪魔にならないようにと距離を取った後、鎌鼬が動いた。瞬きでもしようものなら目を瞑っている間に斬り殺されかねない超速の攻撃だ。


「見えてるって」


 認識空間で動向を窺っていたこともあり、転移で避けた空跳が反撃を仕掛けた。逆手に短剣を持って垂直に振り下ろす。その攻撃は宙で身動きの取れない鎌鼬を的確に突いた。だが、針のように硬く鋭い体毛を持つ毛皮に守られ、皮膚を貫くことが出来ない。そればかりか途中で逃げられ、刃の如き尻尾を空跳に向けて振った。


「剣じゃダメージを与えられない。もっと威力のある攻撃にしないと」


 転移で距離を空けた空跳が鎌鼬を見る。奇襲された時は焦ったが毒蛇の戦闘を見て焦りも無くなっているようだ。どうすれば勝てるかを考えながらも鎌鼬の動きにしっかりと注意を払っている。


「エクスプロードはダメ。なら零距離で銃弾を撃ち込めば」


 爆発の魔術刻印が刻まれたエクスプロードはこの状況では使えない。何故ならエクスプロードが引き起こす爆発が余りにも強力だからだ。それ故にそのまま爆発させれば空跳にも大きな被害が出てしまいかねない。

 無論ポテンシャルは十分に鎌鼬を殺せる程に高いが鎌鼬が小さい故にエクスプロードの刀身全てを突き刺すことが難しい。もし、出来たとしても刀身が全て体内に入るのならエクスプロードでなくても問題は無いのだ。


 短剣を左手、拳銃を右手に持った空跳が消える。


「シャァアアア!」


 目の前から突如獲物が消えたことに驚いた鎌鼬は銃声と同時に頭部に強い衝撃が加えられたことを理解し、悲鳴を上げてその場から離脱する。

 距離を取り左に右にと頭を動かして周囲を確認する鎌鼬だがまたも銃声と同時に衝撃を頭に喰らった。

 何が起きているのか分からない。目に付けていた獲物が消えたことなどもう記憶には無いようでがむしゃらに林を駆ける。これ以上この場所に居たら死んでしまうと本能が呼びかけるのだ。


「逃がすとでも思ったか」


 その声を聞いた直後地面に身体を押さえつけられ、頭に何かが添えられる。それを最後に感じ取って一声も発することが出来ないまま鎌鼬は意識を暗闇に落としていった。


「...倒せた」


 鎌鼬を仕留めた空跳は周囲の警戒を怠らないまま一息ついた。まさか零距離射撃を二回も耐えられるとは思わなかった。だが、一撃も貰うことなく倒せたことに安堵を漏らす。


 サブ武器として拳銃を作って貰ったのは正解だった。短剣だけでも倒せたかもしれないがその時は無傷とはいかなかっただろう。

 それにと考える。今回は通用したが銃が効かない相手のことを考えれば短剣、拳銃以外にも異能力を使った戦闘手段が必要だろう。しかし、異能力に関しては毒蛇に聞いた方が確実だと考えこちらに向かって来る毒蛇に手を振った。


「まさか無傷で倒すと思わなかったわ。銃に持ち替えたのはいい判断だったぜ」

「ありがとうございます。でもこれが効かなかったら危なかったです。どうにか俺の転移を直接攻撃に出来ませんかね?」

「中々難いこと言うな。俺が知ってる転移能力者は全員輸送部隊とかだったし、そもそも直接戦闘してるやつとかいなかったんだよなぁ」

「でも俺が執行部に居れるってことはエンキさんも戦えるだろうって判断したんですよね?」

「そうだろうが...どちらかというと遊撃隊に配属させるつもりだろうし、基本的な役目は補助だろ」


 遊撃隊と言われ確かにそうかもしれないと納得してしまう。遊撃隊とは執行部の主力である十部隊を補佐する隊であり直接戦闘をする機会は多くはない。


「運いいな、空跳。あそこにトレントンがいるぜ。あいつは銃も短剣での攻撃も殆ど効かねぇしちょうど良いだろ」


 毒蛇が指さす先には三メートルの樹が根っこを巧みに動かしながら動いていた。魔物だが植物としての性質が強い化け樹(トレントン)なら弾丸を撃ち込まれても問題は無く、剣で倒そうにも大して傷がつかない。ある意味転移を用いた直接攻撃を模索する空跳にうってつけの魔物だ。




【Tips:兵種下級(レッサー)は雑種最下級(ウィード)の一つ上の階位及び等級であるがその強さは比較にならない。武装を施していない民間人なら碌に反撃できないままその生涯に幕を下ろすことになるだろう】

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