存外の得物
「それで武器は何にしたんだ?」
「悩んだんですけど。やっぱり扱いやすさを考慮して短剣にしました。後サブ武器に銃です」
通路を歩く毒蛇と空跳の二人は運営区に向かっていた。要件は二人の会話から推測できる通り、空跳の得物についてだ。
空跳がsandersoniaに正式加入したその日から花屋を含めた運営部生産班との話し合いにより、既に武器の構成は出来上がっている。今は完成の知らせを受け、引き取りに向かっている途中だった。
毒蛇が付いてきているのはたまたまだ。空跳がいるのを見かけ、武器の受け渡しと聞いたため興味を抱き、同行している。
「やっぱ短剣か。お前の場合はそうなるよな。だが銃もか。雑種ならまだしも魔物相手に銃なんか通用しねぇぞ?」
毒蛇は純粋な疑問を問うた。
「分かってます。対人戦を考慮してです」
「あー、対人用な。間合いを確保できるならありか」
空跳の返答を聞き毒蛇は面倒臭そうに顔を歪めた。彼の頭の中では幾ら距離を詰めようと転移で離れ、背後から銃を向ける空跳の姿が想像されている。対処する手段を持たなければ厄介な存在になるだろう。
二人は話しをしながら進み、数分して目的の場所に到着した。その場所では数名が働いている。構成員たちは空跳の到着に気づくと挨拶をしながら奥の部屋に行くように指示を出した。断る理由もないため指示に従い奥にある部屋をノックすると中から入るようにと返事が返って来る。
「失礼します」
「待ってたぞ。ああ、毒蛇もいるのか」
部屋に入ると油や塗料で汚れた作業服の男が出迎えた。男の周囲には作業用の機器が不規則に浮遊している。
「空跳の武器が気になったんでな。邪魔するぜ」
男のコードネームはラップ。物体浮遊の異能力者で運営部生産班所属だ。
「そうか。本人が良いなら俺からは何も言わんさ。それより席についてくれ。統括の代わりに俺が説明する」
ラップは二人を席に勧めると自身は棚に近づき、三つのジュラルミンケースに触れる。ケースは異能力の影響を受けて浮遊するとそのままラップの後を追った。
「まずは依頼内容の確認だ。汎用型短剣二種を二つずつ、爆発の魔術刻印が刻まれた短剣が一つ、汎用型拳銃が一丁に予備マガジン二つで合ってるな?」
「問題ないです」
ラップは良しと頷くと浮いているジュラルミンケースの一つを目の前に運び、鍵を開ける。中から現れたのは刃渡り二〇センチの厚みがある短剣二本と刃渡り二五センチの鋭利な短剣二本だ。
「まずはこいつらからだ。こいつらには特に固有名称は存在しないが短い方が耐久度重視、長い方が鋭さ重視の短剣だ。うちらだと解体とかで使うこともある汎用型だな。素材はアイアンゴーレムとトレントンの炭で作った鋼だから普通の鋼よりかは耐久度が高い」
「持ってみても?」
ラップの許可が下りたので短い方の短剣を手に取る。席を立ち、短剣を構えて振ってみると訓練で使う短剣と同じように扱えたため問題なしと判断したようだ。次いで刃が鋭利な短剣を試した。先の短剣に比べて軽いようだ。短剣を振る速度が速い。こちらも問題なしと判断してケースに戻す。
「言葉にしづらいんですけどなんか手に馴染むような気がします」
「魔物の素材を使ってるからだな。お前が今まで使ってたのは都市で買ったやつだ。あれは通常の鋼で作られている。今ではそっちの方が珍しいがどういう訳か地球産の無機物には魔力が乗らないらしい。逆に魔物の素材を使った物には魔力が通る。魔力が通るってことはある意味身体の一部として捉えられるってわけだ。それで手に馴染んだんだろ」
「あ、それ習いました。けど実際に触ってみるとかなり違うんですね」
「そこら辺は毒蛇の方が詳しいだろうから後で聞け。次行くぞ」
そう言うと浮いているケースの内もう一つを手繰り寄せて机の上に置いた。開かれたケースの中には一振りの短剣が入っていた。刃渡り二〇センチ、大きさは先程見た短剣と変わりない。だが、両面の鍔辺りに複雑な幾何学模様が描かれており、刀身の中央には剣先まで溝が掘られ、そこには鍔から模様が伸びている。
「こいつはエクスプロード。素はこっちの耐久型の短剣だが統括が魔術刻印を刻んでる。魔術刻印って分かるよな?」
「魔術陣のことでしたっけ?」
「間違っては無いが折角だから教えておく。俺たちが異能力を使うように異世界人は魔術を使う。その時にあいつらが展開するのが魔術陣だ。詳しくは知らんが魔術陣は一度使うと二度目はまた魔術陣を展開しなければいけないらしい」
だが、と続けてラップが言う。
「魔術刻印は魔力を流すだけで何度でも効果が得られる。勿論連続使用できないとか物によって仕様は様々だがな。そして、一番大事なのは魔道具には魔術刻印が刻まれていることだ。言い換えれば魔術刻印が刻まれてなければそれは魔道具ではない。ちなみに大体の魔道具は迷宮産だ。だから探索者なんてのもいる。他にも例外として異能力で魔術刻印を刻めるヤツもいる。統括なんかがそれにあたるわけだ。けど、こっちのケースは少ないな。基本迷宮頼りだ」
「ちなみに異世界人の中には身体に魔術刻印を刻んでいるヤツもいる。魔術に関しては奴らの方が何枚も上手ってことを覚えとけ」
隣に座っていた毒蛇がすかさず口を挟んだ。体験談だろうか、嫌な思い出だと言わんばかりに肩を竦める。
「話を戻すがエクスプロードの魔術刻印の効果は爆発だ。魔力を込めればその瞬間刀身の表面が爆発する。しっかり握っとかないと爆風ですっぽ抜けるぞ。それにこいつの威力なら下級程度相手にならんだろうな」
ラップは笑いながら空跳を見る。使い手次第では相当凶悪になるとその眼が語っている。
「おいおい、マジで言ってんのか? どんだけの威力だよ。そんな小さな刻印で? しかも下級だろ? 手榴弾以上の威力はあるってことだよな?」
話を聞いていた毒蛇は席を立つ。そしてあり得ないとエクスプロードを指さした。それを見てラップがだよなと同意するように苦笑する。
「聞いて驚け、魔術刻印の素材は爆鱗竜だ」
「はぁああ! 爆鱗竜ってパンクドラゴンだよな? 上級、それ上級の魔物だよ!」
「パンクドラゴンってマジですか!? え、あ、え、ヤバいです、毒蛇さん。俺そんなに払えないです。借金生活とか嫌ですよ!」
キャラが崩壊したように毒蛇が騒ぎ出し、素材となった魔物の名前を聞いて空跳も焦ったように毒蛇に縋りつく。
「...この武器の作成に幾ら出したんだ、空跳?」
「一〇〇万です。武器は強力な方が良いと思って全財産使いました! もう一文無しです!!」
「お疲れさん。パンクドラゴンは上級、魔石も込みなら最低一〇〇〇万はいくな。さて俺は戻るとするか」
「ちょ、ちょと待って下さい。俺一人にしないで下さい!」
「落ち着け二人とも。空跳から既に金は貰ってる。これ以上は取らねぇよ。これは統括からのおまけだとさ」
空跳はホットしたように席に着いたが毒蛇は納得がいかないようだ。
「おまけで上級ってどうなってんだ? 俺の隊にも融通してくれ」
「仕方ねぇさ。あの人は心配性だからな。それと爆鱗竜の素材は執行部の仕業だろ?」
「あ? あーあ、そう言うことか」
「どういうことですか、毒蛇さん?」
「金剛さんと樹海さんだよ。あの二人は今、富嶽で間引きをやってる。その道中に青木ヶ原樹海があるからそこで狩ったんだろ。深度三の迷宮を軽々と突破するからな、幹部陣はマジで意味わからんわ」
呆れた様子を見せる毒蛇。空跳は迷宮の魔物を蹂躙しながら進む二人の姿を思い浮かべた。
「エクスプロードは使い方さえ間違えなければ強力な武器だ。使い勝手も他の短剣と変わらない......はずだ。最後にこいつ」
未だ浮いていたケースを引き寄せて開く。ケースの中には依頼通り一丁の拳銃と二つの予備マガジン、そして何故かマガジンがもう一つあった。よく見れば込められた弾には魔術刻印が刻まれている。
「あのーこれは」
「統括からのおまけその二だ。後で説明する」
ラップはそう言いながら拳銃を空跳に渡した。手に持った空跳は銃を構えてみせる。片手で持っても不自由なく扱えるのが良い点だろう。
「俺も護身用に持っている汎用型の拳銃だ。人間相手に使うには申し分ないが魔物相手は雑種が精々だろう。マガジンに装填できるのは一〇発。弾はJHP。着弾後体内で先端が裂けて効率よくダメージが与えられる弾だ」
マガジンに込められた弾は先端に穴が空けられている。ラップの話によればこの窪みがあるおかげで命中精度も高いようだ。
「そしてお待ちかね。コイツは余った爆鱗竜の素材と中級の魔石を使って魔術刻印がされている。弾は一〇発。同じJHPで魔力を込めて撃てば体内に食い込んで爆発を起こす。威力はエクスプロードより劣るが下級相手なら問題ない。分かってると思うが間違っても民間人に撃つなよ。熟れたザクロみたいになって即死だからな。いや、それより酷いことになるはずだ」
「またエグいもん貰ったな。だがこっちは消耗品か」
「そう言うことだ。切り札として持っておけ。依頼すれば作って貰えると思うが一発一〇〇万は固いな」
弾一発に掛かる値段を聞き眩暈が襲ってきたようだ。空跳の頭が後ろに下がっていく。
「この後は試しだな。変なとこがあれば直ぐに調整を入れる」
得物を全てケースに戻したラップが立つ。毒蛇も続くとどうにか割り切った空跳も何とか立ち上がった。それから三人は最終調整を行うために訓練場へと足を進めた。
【Tips:地球人は魔術を使えない。しかし、魔術刻印が刻まれた魔道具を介してならば可能だ】
第四訓練場でボロボロになっている空跳を横目に毒蛇とラップは花屋の過保護加減に呆れていた。
汎用型短剣二種類と拳銃の調整は完璧で不自由なく扱うことが出来た。だからエクスプロードも高価な素材を使っているが扱いに困る程の物ではないと思っていた。しかし、どうだ。ラップの警告も虚しく効果を確かめようと空跳がエクスプロードに魔力を流したその瞬間、盛大に爆発が起こった。
衝撃と熱発が駆け抜け、余りにも強い爆風に空跳は訓練場の床を転がる。
運よく剣先を案山子に向け、両手で構えていたため被害は軽微だったがもしも剣先を自身に向けていれば今頃が空跳の頭が無くなっていたかもしれない。それほどまでにエクスプロードに刻まれた魔術刻印の威力は強大だった。
「び、ビックリした」
「大丈夫か?」
「肩を少しやりました。まさかこんなに威力が高いとは思いませんでしたから」
「爆鱗竜を使った魔術刻印だからな。まあ、あれほど威力が高いとは俺も思わなかったけどよ」
「素材もそうだが何より統括が作った武器だぞ。弱い訳がない」
エクスプロードの刀身を見ながら今度は魔力を込めないで振るう。勿論爆発が起こることもなく、二回、三回と剣を振り、使い心地を確かめていく。
「基本は耐久型と同じですよね? 使い易いです」
「そうだな。魔術刻印が刻まれている以外は変わりない」
「てかそれってどうやって使うんだ? 自傷覚悟とか使いどころ少なくないか?」
「基本は中級以上相手に使う用だと思った方がいいな。あの爆破を体内で発動出来れば魔石も砕けるだろうし、生物系なら再生も出来ずに死ぬ程度の威力はある」
「中級相手にそれを突き刺せる実力は必要か。先は長そうだな、空跳」
強力な武器を使うには強力な相手が必要だ。特にエクスプロードは魔術刻印の効果が強力すぎるため適当の相手に対して使わなければ自滅する可能性がある。
「一応、デカい的は容易してる。最後に感覚を覚えとけ」
ラップはそう言うと訓練場の端に置かれている薄ピンク色の物体を空跳の下に運んだ。
「オークですか。随分大きいですね」
「地上に現れたヤツだ。解体場からくすねてきた」
ラップの異能力によって仁王立ちの状態で固定された豚鬼は二メートル半ば程の大きさで豚顔をした人型の魔物だ。手足は非常に太く筋肉質、腹も厚い脂肪と筋肉で覆われている。実際に相対すれば圧倒的な力で大人でも捻り千切られてしまうだろう。
「そいつにエクスプロードを突き刺して魔力を流してみろ。刀身全体を体内に刺し込むんだぞ。刀身が少しでも出ればお前にダメージが入るからな」
「分かりました。...で、なんでラップさんたちはそんなに離れているんですか?」
「気にするな。さっさとやれ。俺はこの後も仕事があるんだ」
訓練場の隅まで退避している毒蛇とラップは空跳を急かした。仕方ないかと諦めた空跳は浮いている豚鬼の腹にエクスプロードを突き刺す。筋肉による抵抗はあったが死んでいるからなのか意外とすんなり刀身が豚鬼の体内に呑まれる。
「行きます。解放!」
合図と同時に魔力が込められ、柄に刻まれた魔術刻印が輝く。
瞬間訓練場が揺れ、一拍置いて赤いにわか雨が降った。勿論水ではなく豚鬼の血と肉の破片なのだが。
雨が降り止んだ時には目の前にいた豚鬼は無惨にも四肢が離れ離れになっていた。頭部も四分の三が欠損し、床に転がっている。エクスプロードを突き刺した胴体は殆ど見当たらないので大部分が爆発によって消し飛ばされたのだろう。
「こいつはやべぇ。素材が台無しだな」
毒蛇は呆れながら言った。予想はしていたが実際に見ると威力の下方修正を求めたくなる。それほどまでにエクスプロードの威力は恐ろしい。
「問題なさそうだな。エクスプロードと爆発弾の使い所は間違えるなよ。それじゃ俺は仕事に戻る」
「これそんなに魔力込めてないんですけど」
空跳の言葉も空しく武器の調整が問題ないと分かるとラップは颯爽と訓練場を後にした。仕方なしと残った二人はその後も掃除と軽く模擬戦をし、戦闘での運用慣れを行う。
「この後暇か?」
「特に用事はありませんがどうかしましたか?」
「今から迷宮に行かねぇか?」
「いいですね。実践運用もやっておきたいですから」
「良し決まりだ。一時間後に転移区な。それとサプライズもある。楽しみにしとけ」
幾度となく足を運んだ八王子迷宮に本日も行くことになった。しかし、毒蛇からのサプライズは何なのか。問いかけようとして空跳はやめる。サプライズはサプライズだからいいのだ。
【Tips:魔術刻印は実際に魔力を込めなければどのような現象を引き起こすか分からない。そのため迷宮産の魔道具は探索者組合に買い取られ、解析の異能力者によって精査される】