少年よ大志を抱け
新作です
全体的な物語の構成は完成していますが更新は遅いです。
章ごとに投稿するので、次章が何時になるかは明言できません。
ご了承ください。
『緊急放送、緊急放送、警戒レベル六、避難開始』
その街は夜中だというのに警報が鳴り響いていた。人々は寝巻のまま家から飛び出し、夜の静けさから一変、街は騒々しくなった。
『こちらは静岡都市です。静岡全域で異世界人の侵略に関する警戒レベル六、避難勧告を発令しました。駿河湾より人工魔王の襲来が確認されました。静岡都市の方は直ちに全員避難を開始してください。避難場所への避難が困難な場合は近くの地下シェルターに避難し、自衛隊による鎮圧が完了するまで決して地上に出ないでください。繰り返しますーー』
警報が鳴り続く最中、静岡都市を囲う防壁の一部が破壊された。防壁の崩壊に伴う轟音を合図に数百、数千の獣たちがなだれ込む。崩れた防壁の近くでは自衛官が身を呈して獣を押さえ込もうとするが物量に押され、獣たちが包囲網を抜け出していた。
逃げ惑う人々は次々と獣に捕食される。獣たちの目は血走り、口元からは涎が止めどなく垂れ落ちた。その様は正しく餓鬼の如く。誰の静止も聞くことなく本能のままに行動し、次々と肉塊に喰らいつく。
月明りと街灯によって照らされていた街並みは次第に炎の海に包まれ、街を照らすのは獣が振りまく火炎、それにより炎上する草木、建築物、そして人。
「舞、空を連れて早くこの場所から逃げろ。とにかくここから離れるんだ。いいか、絶対に後ろを振り返ってはいけない」
「あなた......分かったわ。絶対にこの子は...私が責任をもって守る。だから、あなたも......無茶はダメよ」
狩場に成り果てたその場所で二人の男女が言葉を交わしていた。その傍らには幼い少年がおり、事の成り行きを見守っている。
「お父さんも一緒に逃げようよ! お父さんのビリビリがあれば怖い物なんてないんだよ?」
母親の傍にいた子供が足りない身長をグーンと伸ばして父親に言った。その顔には子供ながら父親が何を成そうとしているか分かっているかのようだ。
「空、人には何かを成さなければいけない時というものがあるんだ。それがお父さんにとって今なんだ。それにお父さんは強いから他の人も助けないとな。だから空と一緒に行くことは出来ない。許してくれ」
子供の頬には大量の雫が流れ落ち、それを拭うも、それでも涙は止まらない。母親は子供を強く抱きしめ、父親も慈愛の籠った目で愛する我が子と妻を抱き寄せた。
その時、その瞬間だけは何人たりとも破ることのできない空間だった。だが、それも直ぐに終わりを告げる。獣の咆哮が徐々に近づいてきているのだ。
「後は頼んだ。それと空、お母さんのことを守ってやってくれ」
父親はそう言い残すと悲鳴が鳴り止まぬ獄炎の中に跳び込み、母親は子供を抱えて逆方向に走り出した。
【Tips:魔物の地上出現以降、人類は都市単位で生活するようになった。都市は形の違いはあれ、防壁によって生存権を確保している】
「あっ!!」
母親が陥没した地面に足を取られて転び、その反動で抱えていた子供が宙に投げ出される。少年は受け身を取ることができず地面に叩きつけられるも、立ち上がり母親の下へ向かった。
そこに一体の獣が現れる。黒い体毛を身に纏い、獲物を喰らうためだけにある鋭利な牙を持つ魔物だ。その魔物は獲物を追い詰めたと歓喜に震え、より一層生唾を地面に垂らす。
「お母さんは僕が守る!!」
子供が両手を広げて叫んだ。背後には体の至る所に怪我を負った母親がいる。子供の足は震え、まさしく蛮勇だ。
「逃げて! 私のことはいいから早く逃げて!!」
涙で顔を濡らしながら母親は必死に叫ぶもその声は届かない。極度の緊張状態と自身の死が間近に迫った状態で子供は目の前にいる魔物以外に意識を向けることが叶わなかったのだ。
それ故に横から近づいてきた魔物に気づけない。母親が手を引こうとしたがそれよりも早く魔物の体当たりが子供を襲う。子供は激しく宙を舞い四回、五回と地面をバウンドしてやっと勢いが収まった。
痛さに涙を流しながらも立ち上がり、母親の下に向かおうとする。だが見てしまった。母親の右肘から先がなくなっているのを。我が子を救おうと伸ばした手が魔物によって喰い千切られたのだ。
その瞬間、頭の中がゴチャゴチャになり、考えもなしに腕を喰らっている魔物に向かって走り出した。しかし、現実は残酷だ。ただの子供に魔物を倒せるはずがなかった。魔物に向かって放った拳も一切の効果を見せず、それどころか魔物の前足による薙ぎ払いによって地面と水平に飛んでいく。
「ぼぐが、まも...」
幾度となく吹き飛ばされて意識が朦朧とする中で子供の瞳には母親が生きたまま魔物に喰われていく光景が映り込む。四肢は既に無く、腹は喰い千切られて内臓が露出している。
自分ではどうすることも出来ないのは分かっているのだろう。だが母親を守ろうと、父親との約束を果たそうと身体に無理を言わせて立ち上がる。
次第に周囲には数十にも上る魔物が集まりだし、親子に命終の足音を運ぶ。如何に力を持った大人であろうがこの状況を脱するのは困難だ。それが重傷を患い動けない母親と体中に傷を負い、骨も折れた子供では尚更難しいのは想像に容易い。
群れの中から悠然と一体の巨大な獣が歩みだした。その魔物が歩みを進めるたびに周囲の獣がまるでモーセが海を割るかの如く道を開ける。魔物は獲物を目にし、その芳醇さに絶えず唾液を垂らしながら咆哮を上げた。
これ幸いと子供は母親の下に辿り着く。しかし目も当てられなくなった母親を見て膝から崩れ落ちる。対し、母親は肘から先が無くなった両腕で我が子を抱きしめた。
晴天の中、五体満足ならば多少の悲壮感が見て取れたかもしれない。だが、ここは地獄の如き獄炎に包まれ、狂気を体現した理から外れたモノのみが闊歩する魔の領域。遂に魔物が二人に向かって飛び掛かった。
魔物の牙が子供に突き刺さる......かのように見えたその瞬間、大地が唸り、親子がいる場所を除いて数千もの槍が地面から生える。それは瞬く間に魔物を串刺しにし、数秒の後にその全てを肉片に変えた。
【Tips:法律は魔物にとって、ただの紙にすぎない。この世界では、“力”こそが唯一の生存条件である】
「......エンキ、周辺の処理は頼んだ」
「了解だ。軍が来るまで被害が出ないように押さえておく。にしてもひでぇ」
突如現れたその二人の人物は圧倒的な力で魔物を殺し、親子を救出する。その場が安全になったことを悟ったからか子供は緊張状態から解放され、意識を闇の中へ落としていった。
「人手が足りてねぇな」
「仕方がない。人工魔王相手に一都市の防衛力では焼け石に水だ」
黒一色の戦闘服に目の部分だけ穴が空いた仮面を着けた二人の人物は周りを見回し、警戒を続ける。
「そりゃあそうだな。で、死神、その人工魔王は?」
「ブレインからの報告によればこちらに向かっている途中のようだ」
「なら人形を作って避難誘導をしとく。生き残れるかは保証できないけどな」
エンキと呼ばれた者の近くでは地面がせり上がり五秒もすれば成人男性ほどの人形が作成された。さらに周囲では同じように地面が盛り上がり子供サイズの木偶が何体も生み出されている。
「行け」
エンキの命令を理解したのか人形は敬礼を取った。それから人形は悲鳴がする方向に走って行く。その人形の後ろには子供型の土人形が何十体と続いていた。
「...観測者からだ」
死神と呼ばれた人物は黒色の耳飾りを弾きながらエンキに告げた。
「何だって?」
「その子供で間違いない」
「マジかよ...まだ小学生くらいだろ? 本気で連れてくのか?」
エンキは気絶している子供を見る。まだ幼い。母親に縋りつき、考えるまでもなく親離れ出来ていない。
「勿論連れていく。観測者の未来視に出て来た人物と同じ存在なら必要不可欠だ」
「...分かってる。非道になるのも必要ってことは分かってんだ。ただ、聞いてみただけだ」
「そう言う訳だ。私は先に戻るがくれぐれも奴らには手を出すなよ」
「はいよ。適当なところで逃げるさ、安心してくれ」
エンキとの会話を終えた死神は羽織っていたローブを脱ぐと地面に広げた。ローブには複雑怪奇な幾何学模様が描かれている。その模様からは何も情報を読み取ることが出来ないが何かしらの効果はありそうだ。
死神は手早く親子を紋様の上に乗せると自身もローブの上に乗る。それから直ぐに幾何学模様が輝きだした。最初は鈍く、次第に爛々と輝いて十秒もすれば周囲を明るく照らし、死神たちを光が包み込む。
光が収まった時、そこにはエンキだけが残った。ローブも幾何学模様から燃え上がり、灰となって夜風に流されていく。
「団体様のお出ましか」
地面を揺らしながらエンキの下に魔物の大群が迫ってくる。魔物たちはその場に満ちる餌を求めて来たが傍には膨大な魔力を放つ存在がいること知って喜びを声にした。しかし、獣たちの行き先は既に決まっている。そう言わんばかりに大地が隆起して何本もの巨腕が出現し、不規則に動き出す。
超質量の攻撃を受け、獣たちは次々に潰されてその数を減らしていく。だが獣もやられてばかりではない。生まれながらにして持つ高い身体能力を活用して攻撃を避け、鉤爪で土の腕を削り崩す。
静岡都市にまた一つ戦場が追加された。都市を守る政府の軍ではない誰かの手によって。しかし、もしもエンキという存在が居なければ静岡都市は放棄されることになっただろう。
「......」
その戦いを見つめている存在がいた。ひとしきり様子を眺めた存在は背後に聳える門を潜ってその場を後にする。門は完全に閉じると徐々に存在が希薄になり、遂には消えてしまう。
誰もその存在に気が付くことが無かった。常に監視されていたのに、門の存在感もこの場に似つかわしくないほどに目立ち、大きかったというのにだ。
ただ、もしかすると地球の神だけはその存在を知覚することが出来たのかもしれない。
【Tips:異世界人の中でも強大な力を持ち、魔物を従える存在を人工魔王と呼ぶ】
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