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大江山の鬼退治 ①

(うら)は、茂吉がやっている屋台に来ていた。


「頼んでたもの、調べてくれた?」


 激甘稲荷寿司を頬張りながら言うと、帳場(カウンター)の向こうにいる茂吉が応える。


「あめえなぁ、いくらなんでも人使いが荒すぎだぞ。おれだって色々といそが――」

「そんなこと言って、どうせもう調べてくれてるんでしょ」


 茂吉はむすっとしているが、この顔は当たりだ。(うら)はほれほれと言わんばかりに手招きして見せる。


「ったくよぉ。おめえさんには敵わねよなぁ。まったく」


 と頭をぼりぼりしながら茂吉は調べてきたことを話しはじめた。

 (うら)が頼んでいたのは、牛若の素性調査である。


「あの牛若彦って青年なあ、譜代大名の水野家に養子に入ってやがった」


 水野家は家康公の御母堂の生家であり、老中を幾人も出している名家だ。そんな家の出身なら、牛若があの若さで所司代補佐に任命されたのも納得である。


「じゃあ彼は、次期当主になるのか」

「いや、それがどっこい。水野家の当主には、九人男子がいるんだ。家を継ぐのは実子の方だろう。ということは、だ。水野家が養子を欲したわけじゃねえってことだ」

「つまり牛若様の方に、養子になりたかった理由がある、と……。彼、養子になる前はどこの家にいたの?」

「それがな」


 茂吉は身を乗り出して声をひそめる。


「どんだけ探しても、養子になる前の経歴がどこにも残ってねぇんだ。それはもう綺麗すぎるくらいにな。この意味分かんだろ?」


 生きている人間、しかもある程度身分のある者の経歴が全く辿れないというのは通常ありえない。つまりこれは、意図的な情報の抹消を意味する。 


(それほど隠さなければならないことがあるのか)


 (うら)はふうむと唸り、湯呑みに入った(てん)茶をすすった。


「何にしたって、あの男には近づかねえのが一番だな」


 言いながら茂吉は紙きれをすっと差し出す。

 受け取った紙切れを開くと、そこには里長の筆跡が。


「おおぅ……私ったら、またお腹が痛くなってきたような……」


 言い終わらないうちに、茂吉が小さな袋を差し出してきた。

 中には丸薬。甲賀秘伝の胃腸薬だ。


「よかったな。これで心置きなく任務に励めるぞ」


 茂吉は目を三日月型にしている。

 (うら)は舌打ちしたいのをこらえ、当てつけにその丸薬を口に入れてみせた。


「うっ……にが。どうせなら、きびだんごにして欲しかったよ」 


◇ ◇ ◇


(うら)は、丹波の温泉街に来ていた。といってもここは立ち寄っただけで、最終目的地はさらに北の大江山である。


 なんでも近頃、京では子女の失踪事件が続いているらしい。その悪行をなしているのが大江山に住んでいる鬼だということで、(うら)はその鬼討伐を命じられたのだった。


(にしても遠いところに出たもんだね)


 京の中心部から大江山まではかなりの距離があり、到底一日で行くことはできない。そこで()()()()途中にある丹波の温泉街で一泊することにしたのだ。


「ああ。極楽極楽」


 (うら)は露天風呂につかりながら、湯の上に浮かべた盆から徳利を手に取り、おちょこに中身を注いだ。とくとくと出てきたのは、井戸でキンキンに冷やした甘酒である。(うら)はそれをぐいっとあおった。


「あはぁ」


 冷たくとろりとした舌触りに、まろやかな甘味。(うら)の心と体はとろとろに溶けていく。 


 一応断っておくと、これも任務のうちである。忍びとは心身を酷使するもの。こうして自分自身を癒すことも必須の技術(すきる)といえる。しかも恐ろしい鬼討伐の前ともなればなおのこと。


 だから道中、お団子を食べ比べしたり、可愛い狐の根付を発見して買っちゃったり、はたまたこうして温泉につかり甘酒を(たしな)むのも、ぜーんぶ任務の内で、けっして遊んでいるわけではないのである。


 (うら)はゆるりと甘酒の余韻にひたったのち、湯からあがった。


 着物を着て外に出ると、温泉宿が建ちならぶ通りを見渡す。この一帯は定額で湯めぐりができるようになっており、湯治に人気の場所だった。

 さて次はどの温泉につかりに行こうかと歩き出したとき、後ろから声をかけられた。ふり返ると、そこには三人組の若い男たちがいた。


「こんにちはお嬢さん。一人で湯治?」


 こざっぱりした感じの風貌で、三人とも帯刀している。武家の人間だ。


「今からそこの店で松茸飯を食べるんだけど、お嬢さんも一緒にどう?」


 男が指さしたのは、松茸ではなくマツタケモドキを出すことで有名な店だった。安いマツタケモドキと酒をおごって、女を口説くのによく使われる。


(なるほど)


 安く見られたものだ。


「私、松茸食べると蕁麻疹がでるんで」


 言いながら(うら)が歩き出すと、一人が前にまわりこんでくる。


「じゃあさ、鮎はどう?」


 もう冬になるというときに鮎なんて、ふざけているのだろうか。


(なんか面倒なことになったなあ)


 さっさと裏路地にでも連れ込んでくれれば対処のしようもあるが、こんな人目のつくところでは下手なこともできない。

 いっそこちらから路地裏に連れ込もうか、などと不穏なことを考えていたせいで、(うら)は気づいていなった。背後にもう一人、接近する者がいたことを。そしてその気配に気づいたときには、後ろからぐいっと首に腕をまわされたあとだった。


「悪いけど、この娘は俺の連れでね」


 真上から降ってきたのは聞き覚えのある声。(うら)はこの世で最も会いたくない男に、がっしり首根っこをとらえられていた。


「ちっ男連れかよ」


 三人の男たちはあっさり退散していく。

 だが後ろにいる男は腕を放してくれない。


「一人で温泉街なんかふらついて。危ないだろう」


 と後ろから(うら)の顔をのぞきこんでくる。男にしてはずいぶん滑らかな肌が間近にあった。清廉な木蓮の香りがする。  


「だがこんなところで会うとは、どうも俺と君は縁があるらしいな」


 牛若はその美しい顔をほころばせてみせた。屈託ない笑顔に見えるが、内心はどうだろう。湯治に来ている女など珍しくはないが一人で来る者はそういない。正直、相当怪しまれているのではないだろうか。

 (うら)は詮索される前に、こちらから仕掛けることにする。


「牛若様こそ、どうして丹波にいらっしゃるんですか」

「ああ、実はなあ。これから鬼退治に行くんだ」


 牛若はまるで釣りにでもいくような調子で言った。


(また今回も)


 目的は同じだったようだ。帝が動くなら幕府も動いて当然ではあるのだが、今回は京から距離がある。さすがに牛若本人は来ないだろうとふんでいたのだが。甘かった。


「さあて。もう日も暮れそうだし、行こうか」

「え? 行くってどこに」

「決まってるだろう。俺の泊ってる宿にだ」


 いやもう宿は決めてます、なんて言い訳が通じるはずもなく。(うら)は首を抱えられたまま、宿へと引きずられて行ったのだった。


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