からくりの城 ②
扉の先はしばらく廊下になっていた。その廊下を進んでいると、またもや壁越しに声が聞こえてきた。
「若。こんなの力づくで突破しましょうや」
「たわけ。また石が降ってきたらどうする」
それは心が一番聞きたくない声だった。
幕府も宝を狙っていると聞いて、ひょっとするとと思っていたが。やはり彼らも来ていたらしい。
(お面持ってきてよかった)
心は狐の面をつけ、廊下の先に現れた階段を登る。と。
「あ」
声が重なった。
三階のだだっ広い部屋に、心、牛若、大男が鉢合わせになる。
心と大男が、刀と薙刀を構えるのが同時だった。
「またおまえか。おまえは一体何者だ」
牛若が問う。が声を出せば正体が露見しかねない。心は口を噤んだままだ。
「応えろ。誰の命でここに来た」
心は黙ったまま部屋の状況を確認する。広い部屋には一つ、天井から紐の梯子が降りていた。途中で切れているが、心でも手を伸ばせばなんとか届きそうだ。上階に行くには、あの梯子を登るのが唯一の方法らしい。
(二人を振り切って梯子まで行けるか)
心が足に力を込めようとしたとき、階下が急に騒がしくなった。
ちらと目を向ければ、ぞろぞろと階段を上がって来る者たちがある。門前にいたゴロツキたちだ。半分以下に数が減っているがみなやる気満々な様子。
「おうおう、兄ちゃんたち。ここは通してもらおうか」
と、ゴロツキたちが三階に上がりきると、壁際からなにやら不穏な音が聞こえてくる。そして壁に穴が開いたかと思えば、ビー玉らしきものが無数に飛び出してきた。それは三階の床を覆い尽くす勢いで散らばっていく。
「何だこの玉は!」
牛若が叫んだとて、玉は止まるどころか次々に壁から出てくる。
たちまち室内は大混乱となった。
みな一つの梯子を目指すも、床を埋め尽くす玉に足をとられて思うように身動きが取れない。薙刀を振り回す大男の隣で牛若がすってん、ひっくり返り、ゴロツキたちは仲間が転んだのに巻き添えをくらって連鎖的にずっこけている。
心は早々にすり足移動に切り替え、一番に梯子に手をかけた。そのまま上階までするする登る。登り切ると、下を振り返った。
下階では男たちが、我こそ次に登らんと足の引っ張り合いをしている。
「次はないよ」
心は刀を抜くと、紐の梯子を切って、下階に落とした。これで少しは時間稼ぎになるだろう。
(さて)
心は部屋の中を見渡した。四階もまた小さな部屋になっていた。出口は見当たらない。行き来できるのは、先ほど梯子がかかっていたところだけだ。
あとは外から見えた「□△○」の鉄砲狭間から月の光が入ってきているくらいだが。
(ん?)
狭間の手前に小さな卓があった。卓の上には、ちょうど狭間と同じ形、同じ大きさに切り取られた木板が置いてある。かざしてみると、鉄砲狭間にぴったりはまりそうだ。
「これをはめ込めばいいのか?」
ただ床に視線を移すと、またもや槍が刺さったあとらしきものが残っていた。
(間違えたらここも槍が降ってくるのか)
となると単純に全部の木板をはめ込めばいいわけではなさそうだ。
(なかなか凝ったことをしてくれる)
心は仄暗く微笑むと、ぺろりと舌なめずりした。梯子を切ったとはいえ、いつ後続が追いついてくるか分からない。緊迫した状況である。しかし心はそれくらいの方が燃える性質だった。
「よし」
もう一度、部屋の中をくまなく観察してみる。
すると柱の下の方、床とすれすれくらいのところに小さな文字が書かれているのを発見した。
『木は燃えて火を生み、火は燃えて土を肥やす。土の中から金が出て、金には水滴がたまる』
「五行思想だね」
世界の成り立ちを解いたもので、陰陽師や公家たちが占いでよく用いるものでもある。五行思想自体は珍しくも何ともないが、この文言にはまだ続きがあった。
『欠けた二つが重なるとき、神のもとへいざ参らん』
ふむ。全く意味が分からない。
欠けた何かを探さなければいけないようだが、五行思想の要素は『木、火、土、金、水』の五つ。この文言には五つ全て書かれている。欠けたものはない。となると。
(もう少し俯瞰して考えるか)
五行に欠けたものではなく、五行では足りないもの。もっと多い要素を持つものを考える――。
「七曜」
心のような庶民にはあまりなじみがないが、七曜も占いでよく使われるものだ。要素は『日、月、火、水、木、金、土』の七つ。つまりこの文言で欠けているのは日と月。そして日と月が重なるのは――。
心は丸い木板を手に取る。ちょうど夜が明け、朝日が差し込んでくる◯の狭間にかざしてみる。すると木板で陽の光が遮られる。
「まさに金環日食だ」
そのまま木板をはめ込むと、かちりと小さな音が鳴った。
やがて滑車の回るような轟音とともに、天井から隠し階段が降りてくる。
心はその階段を一気に駆け上がった。
五階は天守閣の最上階である。最上階には一つ、葛籠が置いてあった。他には、壁に大黒天を描いた掛軸がかかっているだけ。
心は周囲を注意深く観察したが、からくりが仕掛けられている様子はなかった。意味深な文言も見当たらない。
葛籠に近づいてそっと蓋を開けると、中には刀が入っていた。
手に取ってよく見てみる。
鍔には技巧を凝らした虎の模様が施されていた。漆塗りの鞘にも、金箔で虎が描かれている。
抜刀してみれば、刃文もじつに見事な良い刀だ。お宝というのはこの刀で間違いないだろう。
心は刀を背に追うと、一度葛籠の方をふり返った。
「空っぽだと寂しいよね」
心は後続者に少しばかりの土産を残し、『からくりの城』をあとにした。
◆ ◆ ◆
牛若と双雲はゴロツキたちを縛り上げ、やっとのことで最上階に辿り着いた。
「あれ……に、例の。宝が……入ってるのか」
牛若は息を切らしながら葛籠を開ける。と、そこには。
「なんだこれは」
大きな葛籠の中にちょこんと入っていたのは。
「稲荷寿司?」
触ってみると、どうやら布でできている。
「これが……宝?」
一瞬、唐九利央に騙されたのかと思ったが、これはひょっとして。
「あの狐面でございますかな」
「くっ」
牛若は布製稲荷寿司を力いっぱい握りしめた。
「絶対、絶対に……捕まえてやるからな!」
その日、天守閣からおたけびが上がったと、付近の村の者はたいそう驚いたそうな。
四国には、山姥ならぬ山爺がいるそうです。