からくりの城 ①
「なんかまずいことになったかも」
心は、通りに出ている稲荷寿司の屋台にやってきていた。しかしあることが気になって、大好きな激甘稲荷寿司を前にしても全く食欲がわかない。
心が腕を組んで考え込んでいると、屋台の店主、茂吉が声をかけてきた。
「どうした? おめえが悩むなんて珍しいじゃねえか」
心は顔を上げると茂吉に言った。
「所司代の役人が天みつ堂に来たんだよ。それで、からまれて……」
「なっ、おめえそれって、所司代に正体がバレたってことか?」
「分からない。薄々勘づかれている気はするけど、確証はないって感じかな」
「おいおい稼ぎ頭のおめえが捕まっちまったら、おれたちの里は終わりだぞ」
「まあすぐにどうこうってことはないと思う。牛若様のことは、適当にあしらってみるよ。そのうち興味をなくしてくれるでしょ。それより朝廷のことだけど」
心は申泉成親のことを茂吉に尋ねた。
「それはおれも気になって調べてたんだがな。帝をそそのかしたのはやっぱり成親で間違いねえよ」
「あの男、御所で私を殺そうとしてきた」
「まあ、おめえごと消して、女官の件を完全に闇に葬ろうとしたんだろうな」
本当にあの男は血も涙もない人間だったようである。
心は申泉成親の澄ました顔を思い出して、はらわたが煮えくりかえってきた。
(いつか絶対ぎゃふんと言わせてやろう)
そう心の中でつぶやきながら仄暗く微笑んでいると、茂吉が心に言う。
「何かたくらんでるとこ悪いが、また帝から新しい依頼が来てんぞ」
「え」
「また次の任務も、おめえじゃねえと無理だろうって。里長が」
この前大きな任務を終えたところなのに。もう少し休ませてほしいものである。
「…………なんかお腹痛くなってきたような、気がするなあ。これはしばらく寝てないと、だめだそうだなあ」
「嘘言うな。腹痛い奴が稲荷寿司二十貫も食えるか」
茂吉が帳場の上を指差す。そこには空の皿が積みあがり塔ができていた。
(いつの間に)
心が眉をひそめると、茂吉は面白がるように言った。
「まあ任務の内容聞いたら行く気になるって。それでも嫌ならおれが里長に言ってやるよ」
「…………どんなの?」
「『からくりの城』からお宝を取って来いって話だ」
今度も暗殺だったらもういっそ里抜けして菓子屋でも開こうと思った心だが、どうやらそれはまだ早いようだ。
心は最後の激甘稲荷寿司を口にほうり込むと、両手の指を組んで顎をのせ、にやりと不敵に微笑んだ。
◇ ◇ ◇
その城は、京の南部にあった。
もとは大名、唐九家の城だったが、先月家がお取り潰しになってからは城主不在となっている。
今回の任務は、この城の最後の城主である唐九利央の遺言に端を発したものだった。
「先祖が大黒天より賜った宝を、天守閣の最上階に隠した」
大黒天とは破壊と創造の神だ。
唐九利央の言う通り本当に宝があるのかは分からないが、真偽を確かめるという意味も含めて心に回収の命が下ったのである。
闇にまぎれ城の大手門にやってきた心は、木に登って辺りの様子をうかがった。
外から見た限りでは普通の城だ。天守閣の壁に「□△○」の形にくり抜かれた鉄砲狭間が見えるが、これは他の城でも見られるもので特段おかしなものでもない。
「さてどこから入ろうか」
門前にはすでに役人らしき者がうろうろしていた。と、その門へ向かって、堂々と歩いて行く者たちの姿があった。
「おい、お宝はどこにあるんだ」
「天守閣の一番上にあるって話だ」
「したらこの門から入るのか」
誰かに雇われたのだろうか、ゴロツキが十人おしゃべりしながら大手門の前にやってきた。
(帝や幕府以外にも、お宝を狙ってる奴らがいるのか)
心は帝の命でやってきたわけだが、幕府もお宝回収に動き出しているとは聞いていた。実際すでに幕府の役人が城の周りにいる。しかしどうやら他にもお宝を狙っている者たちがいるようだ。
ゴロツキたちはご丁寧にも正面突破を試みているらしく、さっそく門番と小競り合いをはじめた。
「おいそこどけ!」
「何だおまえたち!」
たちまち門前は乱痴気騒ぎになる。
心はゴロツキと門番が争っているのを横目に、するりと城内へ入った。
城内はさすが『からくりの城』というだけあって、落とし穴に、括り罠、岩落とし、迷路になった本丸。と、どれも凝った造りの罠が用意されていた。忍術屋敷で育った心も大満足の、楽しい遊戯の数々である。
(毎回こんな任務だったらいいのにな)
と鼻歌を歌いながら天守閣に向かった心であったが、問題は、天守閣の二階に上がってからだった。
地階にいくつかあった階段の一つを選んで登ると、その先は狭い小部屋に繋がっていた。奥の壁には扉が見える。が。
「なんだこれ」
部屋の中央には巨大な天秤が置いてあった。どれくらい大きいかというと、人が両手を広げたくらいである。さらにその天秤の杯にはそれぞれ、大きな葛籠と小さな葛籠が乗っていて、重さは釣り合っていた。
「これも、からくりの一種なのか?」
天秤の中央にはこんな文字も刻まれている。
『真ニ宝ヲ手ニ入レタクバ、選ベ』
というこたは葛籠の中に宝が入っているということなのだろうか。
(それにしても、大きな葛籠と小さな葛籠って)
まるで舌切り雀だな、と心は思った。
大きな葛籠を選ぶと中に魑魅魍魎が入っていて、小さな葛籠を選ぶと宝が入っている。欲をかいてはいけないという教訓を示したお話だ。
となるとこの天秤の問いかけも、欲をかかずに小さな葛籠を選ぶのが正解ということなのだろうか――。
とそのとき、横壁の向こうから悲鳴が聞こえた。耳を澄ませてみると、誰か話しているのが聞こえる。
「おい大丈夫か! ちくしょう! だからそっちじゃねえって言ったんだ」
心の他にも二階に辿り着いていた者がいたようだ。おそらく階段の数だけ部屋が用意されているのだろう。今の様子からして、誤った選択をすると何か良からぬことが起きる仕掛けがあったらしい。
「この部屋も同じかな」
心は部屋の中を見回してみる。すると天井に開閉できそうな扉があった。その真下の床には、鋭い何かが刺さったあとがいくつかある。
(なるほど)
間違った方の葛籠を持ち上げると天秤が傾き、槍でも降ってくる仕掛けのようだ。
心はもう一度、天秤をよく観察しながら文言の意味を考えた。
『真ニ宝ヲ手ニ入レタクバ、選ベ』
これが舌切り雀の問いかけと同じだとするなら、やはり小さな葛籠を選ぶのが正解だろう。大きな葛籠を選ぶと槍が降ってきて、小さな葛籠を選ぶと宝が入っている。
ただ、一つ引っかかることがあった。
「お宝を隠したのは、天守閣の最上階だったはず」
ここはまだ二階だ。まだまだ上の階があるはずだ。なぜこんなところに宝があるのだろうか。それに向こうにある扉は――。
(そうか)
この文言は、なにも葛籠のどちらかを選べとは言っていない。
おそらく葛籠はどちらを選んでも不正解。
心は巨大天秤を回りこんで、奥の扉へ向かった。両手で扉を押す。
「真に宝を手に入れたいなら、こんなところで引っかかってちゃダメってことね」
心は無傷で扉を通過した。